恋ってこういう状態のことを言うのかも。夢を奪われた高校生男女が、青春のなかで見つけた再生の物語『カラフル』

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/2/27

カラフル
カラフル』(阿部暁子/集英社)

 高校生の頃、すでに夢を見つけている人もいたし、夢を探している最中の人もいた。すでに夢を見つけていた人は、必死に夢を追いかけていたように思う。けれど、もし、夢を追いかけている人が、予期せず夢を奪われてしまったら…。その人は、心を閉ざして過去を忘れようとするだろうか。それとも、未来の自分に目を向けて新しい夢へと歩み出すだろうか。

 作家・阿部暁子さんの新刊『カラフル』(集英社)には、夢を追いかけられなくなった少年と少女の再生と恋の物語が描かれている。

●伊澄と六花、最悪の出会い

 荒谷伊澄と渡辺六花は同じ学校に通う高校1年生。初めて会ったのは、高校入学式の朝だった。伊澄が駅のホームに降りると、「泥棒」という声がする。近くに、ひったくり犯がいるようだ。それよりも驚いたのは、少し離れた前方のドアから、駅員が置いたスロープを伝って車椅子で降りてきた少女が、車椅子のタイヤについたリングを握り、泥棒に向かって勢いよく前進したことだった。その少女こそが、渡辺六花。この一件のあと、伊澄は六花が同じ高校であることを知る。六花は気の強い発言ばかりで、伊澄が彼女にいい印象を持つことはなかった。

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 出会いは最悪だったが、伊澄と六花は毎朝乗る電車が同じで、クラスも同じ。六花に毅然とした態度を取られながらも、伊澄は六花に気を許し、2人はすこしずつ言葉を交わすようになる。お互いへの理解を深めてきた頃、伊澄は、どしゃ降りの雨のなか、学校の渡り廊下にいた六花が、ひとりでどこかへ向かう姿を目撃する。

●同じような境遇を持つ、伊澄と六花

 この伊澄と立花の関係性が、とてもいい。伊澄はリーダーシップがあって同性から一目置かれるタイプ。クールで言葉はぶっきらぼうだが、節目節目で六花の助けに入る優しさがある。六花の決然とした態度や潔い話し方が気に入っているようだ。一方の六花は意志が強く、落ち着いていて、同級生たちより大人びている。ただ、好きなものに対しては小学生のように大はしゃぎ。

 性格や態度はまったく異なる2人だが、じつは似たような境遇にあることが、徐々に明かされていく。そして、ただ生きているだけのような覇気のない高校生活を送る伊澄は、目標に向かってまっすぐに突き進む六花を見ているうち、自分の気持ちが変化していくことに気づくのだ。

 伊澄と六花はクラスのなかで次第に仲間を増やし、高校生らしい日常を送る。その場面の一つひとつが青春らしくて、とてもかわいい。

●「差別」とは? その答えが明かされる

 印象深いのは、伊澄たちのクラスが「差別」について話し合う場面だった。とある行事のグループ分けをきっかけに、意見がわかれた生徒たちは、自然と自分の生い立ちや家庭環境について語り合う。友人たちの聞いたこともない告白を聞き、驚く生徒もいる。

 辞書によれば、差別には「分別する」という意味もあるが、「その人を社会の中で不当に扱うこと」という意味があり、後者で使われることが多い。ただ、「不当に扱う」とは、どういう状態のことを言うんだろう。蔑むような言葉を投げつけることがそうなのか、口を利かないことがそうなのか。本書には、その答えが書かれている。

●恋ってこういう状態のことを言うのかも

 読後、今の自分をすべて受け入れ、その上で前に進もうとする人の強さとかっこよさを、じわじわと感じている。その姿をもっと見ていたくなるし、その尊い姿が、私たちが心のどこかに終いこんだ大切なものを取り出す手立てになるかもしれない。

 また、恋を含め、好きなものに対する登場人物の感情の描き方が抜群にリアルで美しく、恋にかたちはないけれど、もしかしたら、こういう状態のことを言うのかもしれない…と感動している。

 ちなみに、伊澄くんはいつもイヤホンをつけているのだが、本書にはミュージカルの楽曲がいくつも登場する。それらの楽曲の魅力が、登場人物たちの言葉を通して丁寧に描写されているので、つい聴いてみたくなってしまう。だから本書は、読み終わるまでにすこし時間がかかるかもしれない。せっかくだから、合間に音楽をはさみながら、再生と恋の甘酸っぱくて豊かな物語をゆっくりと味わうのも良さそうだ。

文=吉田あき

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