2004年11月号 『犯人に告ぐ』 雫井脩介

今月のプラチナ本

更新日:2013/10/7

犯人に告ぐ

ハード : 発売元 : 双葉社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp
著者名:雫井 脩介 価格:1,728円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2004年10月06日

『犯人に告ぐ』 雫井脩介 双葉社 1680円

0411photo.jpg 神奈川県警は、全く手がかりがつかめない連続児童誘拐殺人事件に手をこまねいていた。万策尽きかけていたそのとき、キャリア捜査官の植草が一つの提案をする。その打開策とは、TVメディアを使って犯人に直接呼びかけを行い、犯人の反応を待つという前代未聞の捜査方法だった。“劇場型捜査”と名付けられたその捜査に必要な、大衆の前に立つ広告塔として、白羽の矢が立てられたのが巻島である。彼は過去に、児童誘拐事件の捜査に失敗し、その後のマスコミ対応でも失態を演じたために、左遷させられていた刑事である。かつて自分の身を破滅させたマスコミを手なづけ、事件を解決しようと試みるのだが……。  個性的な登場人物たちの思惑が複雑に絡み合いながら進行する“劇場型捜査”を、圧倒的な臨場感で描く異色の警察小説。

しずくい・しゅうすけ●1968年愛知県生まれ。2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。柔道界を扱ったミステリーとして、また、そのリーダビリティの高さから注目を集める。ほかの著作に『白銀を踏み荒らせ』『虚貌』『火の粉』がある。

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横里 隆
(本誌編集長。今月の特集の『ファイブスター物語』は本当に奇跡のような作品です。特集許可をくださった作者の永野さん、角川の井上さん、矢野さんに感謝。愛してます)

マイ本年度ミステリーの トップランク入り決定!!

読み始めの冒頭からすごい小説なのではと興奮し、読んでいる最中は事件の臨場感に惹き込まれ、読み終わり、至福の思いとともに本を閉じた。ああ、これはいい本だ。すさまじくいい。何より巻島がいい。矜持と諦観を併せ持ち、肩に力の入っていない中年男。大きな失敗の後に諦観を深め、それでも諦め切れない何かを持ちつづけて、闘いつづける彼の姿には胸がしめつけられる。そんな巻島が闘う相手は三者。一者目はもちろん犯人、二者目は警察機構、そして三者目は獰猛なマスメディアだ。究極の敵である犯人を逮捕するため、ひと癖もふた癖もある県警本部の面々を懐柔し、かつては完敗したマスメディアという名の猛獣を遣い慣らして劇場型捜査に挑む。その緊迫感たるや! 横山秀夫の傑作『クライマーズ・ハイ』と共通した空気感を持つ本作は、マイ本年度ミステリーのトップランク入り決定!!


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稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当。)

本好きな、あの女優さんにも 薦めてしまいました。

とにかく初めから終わりまですごくおもしろかった。警察機構やマスコミといった巨大な仕組みの中で、さまざまな軋轢に苦しみながらも自分の仕事をまっとうする男のプライドが実に鮮やかに描かれている。いわゆるソツのない仕事をする男だった巻島が、左遷後、抜擢されて再び表舞台に戻ってきたときの意地と覚悟。「あなたは刑事の血を知らない。思い上がりではなく、正直に言ってるだけです。これは紛れもなく私の捜査です」。私利私欲に走って事件を翻弄しようとした上司に彼が投げるこの言葉にそれが凝縮されている。メディアを利用した“劇場型捜査”という発想もユニークだし、脇の登場人物も味があって読ませるし、読者の目をくぎ付けにするストーリー展開と最後のカタルシスもすばらしい。エンターテインメントのお手本のような作品。犯人バッドマンの描き込みをあえてしなかったことは作者の選択だと思っている。。


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岸本亜紀
(怪談・ミステリー担当。怪談専門誌『幽』の2号は12月発売! 乞うご期待!)

展開が気になり、一気に読ませる 新しい警察小説の誕生

本作は恐らく本年のミステリーランキング総ナメと想像されるが、何が面白いかといえば、そのリーダビリティにある。トリックで読ませる小説でないし、大きな仕掛けがあるわけでもない。一課の警視としての巻島のキャラクター設定も決して新しいわけではない。しかし、読ませるのだ。テレビ業界の視聴率競争、警察の中での上下関係のしがらみ、巻島をめぐるさまざまな欲がうごめく中、巻島個人も葛藤する。それら登場するさまざまな人間臭い細部によって、物語の中に取り込まれるのだ。よく考えられた、そして読んで楽しい警察小説だった。著者の力量、本作に見たり!


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関口靖彦
(個人的なイチオシは古川日出男さん『ボディ・アンド・ソウル』。一見くだけた文体ながら、構成は実に緻密。驚愕のラストにぞくぞくしました)

感動させられちゃったよ! と、悔しくなる本

まさに職人の仕事である。雌伏の時期を乗り越えた主人公が犯人を追い詰める、きっちりタメておいてからカタルシスへ向かう構成。劇場型捜査という展開は、フィクションならではの荒唐無稽さで読者を刺激しつつ、「んなわけないだろ!」と思わせない迫真のリアリティをも備える。そして主人公はもちろん、脇役にいたるまで愛着がわく周到な人物造型。ラストにたっぷり余韻を持たせることも忘れない。計算どおりに感動させられちゃったよ! と、ある種の悔しさを感じるほどの完成度である。


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波多野公美
(トロ・リサーチなど担当。今月は第2特集の『YOUNG YOU』企画を担当して、少女マンガを久々に読み漁りました。楽しかった)

劇場型捜査の立役者は、 ロングヘアーの特別捜査官!

警察側からたったひとりで、劇場型捜査の舞台にあがる巻島の風体がイイ。年齢は50代前半。「ふさふさとした髪が緩やかに波を打ち、肩甲骨にかかるほど」「どこかいたぶってやりたくなるような雰囲気を持った優男」「仕事の上ではさばけた一面を覗かせ、遣り手の部類に入る」……映像化するなら誰が適役だろうか? などと考えながら読んでしまった。物語は重厚で繊細。巻島を筆頭に、犯人逮捕に向け努力を惜しまないまじめな男たちの姿が丁寧に描かれる。たとえすべてが解決に至らなくても、努力やまじめな思いが、やがてわずかな希望や許しを生む瞬間が随所に描かれていて、読後感もすがすがしい。


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飯田久美子
(「あり得ない!」とツッコミかけて「あり得なくないんだよなあ、こういうの」と思い直した、植草課長とアナウンサー未央子のやりとりも興味深かったです)

ミステリーが苦手でも楽しめる

ミステリーは好きじゃない、警察の話も好きじゃない、しかも370ページ2段組……と思って読み始めたけど、1行目から最後まで退屈することなく一気に読みました。事件そのものよりも、主人公の巻島たち警察やメディアで働く人の話がおもしろかった。中でも巻島の汚れを引き受けることを厭わない様がかっこいい。“正しい”だけの人も“悪い”だけの人もいなくて、誰もがどこまでが倫理でどこからが野心なのか判然としないグレイゾーンでせめぎあっているところが、「そうだよなあ」と共感できる。仕事ではじめて泣いた夜を思い出した。


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宮坂琢磨
(食生活の改善を目指し自炊をおこなうも、翌日からひどい下痢に。健康のためには命を賭けなければならないのか?)

単なる警察小説で終わらない 様々な魅力溢れる娯楽小説

まず、劇場型捜査にという設定にしびれる。ニュース番組から犯人に語りかけるというこの設定、斬新だ! マスコミという強大な化け物に堂々と対峙し、手なづける巻島の姿が、前半での醜態と対比され、思いっきり溜飲が下がる構造になっている。カタルシス! しかも、巻島の犯人への語りかけがたまらなく格好いい。「[バッドマン]に告ぐ」から始まる犯人に向けての最後の語りかけは、何度も頭の中で反芻したほど。巻島だけでなく、彼を支える老刑事や、老練なニュースキャスター、チョンボの名を冠したダメ刑事など、多種多様な脇役が皆いい味をだしている。警察小説というジャンルでくくれないエンターテインメントの傑作と言える。


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『光車よ、まわれ!』 
天沢退二郎
ブッキング
2835円
これを読まずして、ファンタジーを語るべからず

岸本亜紀  

kishimoto_new.jpg ようやくというべきか、ついに復刊された不朽の国産ファンタジーの金字塔。私は子供のころ、この物語を毎日読んでいた。当時は箱入りで、三部作として売られていたが、やはりなんといっても「光車」のインパクトは強烈だった。舞台となる郊外の町や路地や製粉工場は、私が住んでいたかつての町の風景にそっくりで、子供心に反対側の世界がじわりじわりと世界の転覆を狙っているのがとてもリアルだった。向こう側との入口になっているのが路上にたまった水溜りだったり、お風呂だったり、学校の池だったりと超身近な場所だということが恐怖なのだ。『モモ』よりダークで、『ハリポタ』よりもハードな冒険物語。子供たちは老(賢)人に智慧をもらい悪と闘う。日本ならではの闇を描いた傑作ファンタジーである。


イラスト/古屋あきさ

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