狂気と欲望の月世界旅行。奇作『SOIL』をさらに超える怪作サスペンス!
公開日:2014/4/11
昔から、お酒は一大娯楽であります。
「嬉しいにつけ酒、悲しいにつけ酒。酒でケンカが始まって、またその酒でケンカが納まる―――」
というのは桂枝雀のある演目の振りですが、いやはや言い得て妙です。
呑み方も千差万別。気持よく、節度よくお飲みになる方もいれば、もう「これでもか」と浴びるように飲む方もいるわけです。悪酔いの挙句に記憶を失って、あぁ失敗したなぁ、なんてことも少なくないのではないでしょうか。思い切り悪酔いする、というのもまぁ醍醐味といえば醍醐味かもしれませんね。
さて、今回レビューさせていただく本作は、そういったお酒に非常に近いように思います。魅力的で、危険な香りの甘い妖酒。一息に飲めば、“思い切り悪酔い”する作品です。
時は60年代の日本。ギラギラと熱を帯び、巨大な満月が煌々と輝く歓楽街、龍海(たつみ)市。新人刑事の佐田は、ある事件で追走劇を演じます。しかし、犯人の女は取り逃がし、自身は頭部に大怪我を負います。その後、自作の手配書を手に執拗な操捜査を続けるものの、佐田を阻むのは激しい記憶の混濁。怪我の後遺症で、日々の記憶すべてが曖昧に感じられ、時折、自分でも不可解な事態に見舞われるようになります。
自分が狂っているのか、周囲が狂っているのか。あるいは、逃げる女が狂っているのか。そして、意味ありげにフラッシュバックする、ジョルジュ・メリエスの映画“月世界旅行”の1シーン…。佐田は月を見上げてつぶやきます。
「人間が月になど、いけるはずがない…」
追い詰められ、忍び寄る狂気でグニャリグニャリと歪む頭。傷口から走る頭痛を抑え、彼は今日も女を追うのでした。
犯人の正体。奇妙な痛みを発する傷の正体。現実と狂気の正体…。異様な臭気を放ちながら進むカネコアツシ流サスペンスは、『SOIL』に引き続きより一層の進化を遂げております。ただただ世界に酔うだけでも一興の価値あり、です。悪酔い、酩酊の果てに、心地よいバッドトリップが味わえること間違いなし。
全3巻と短くありながら、怪作です。マッドかつスタイリッシュな味わい、まるで月まで飛べるような心地です。しかし、酔って水面に写る月をとらえようとして船から落ち、溺死…とならぬよう、飲み過ぎには要注意であります。
追う男と追われる女
朝食と朝食
悔恨と焦り
困惑と忘却
傷跡と遺物
執念と怒り