過激な設定で真実をあぶり出そうとするコミック『累』

2015/2/23

ハード : 発売元 : 講談社
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著者名:松浦だるま 価格:※ストアでご確認ください

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 『累』は過激なコミックである。

 累と聞いてまっさきに思い浮かぶのは、江戸期に書かれた「累ヶ淵」という怪談話だろう。ストーリーは入り組んで一朝一夕には読み通せないものの、この話は物語は明治に入って落語家の三遊亭円朝の手で再構築されるのだが、この噺が本作のモチーフになっていると思うのは、両作に、「累」という極端に顔の醜い少女が登場するからだ。どれくらい醜いかといえば、彼女の顔はずうっと髪に隠れて全貌を把握することができない。読み手の想像力でその髪の下に隠されている容貌を判断してくれっていう作者の手法は、非常に効果的に作用している。

 累は顔かたちの醜さから高校でイジメにあう。

 人は美醜で差別をする生き物だが、ひどく醜怪な顔立ちの彼女の心の傷はそうとうなものだったのだろう、得意な演劇の世界で傷を挽回しようと考える。代償行為というやつだ。実は累には大切な秘密があって、母・透世から手渡された口紅をぬり、見目麗しい人物にキスすると、顔がそっくり入れ替わるのだ。他者と入れ替わった累は圧倒的な演技力で聴衆を魅了することになる。

 だから、この物語は「ガラスの仮面」の裏設定でもある。ご存じのように「ガラスの仮面」は、貧しく、容姿も取り立てて晴れがましくもない少女北島マヤが、天性の才能を次第に花開かせて名女優への階段をのぼっていこうとする物語だ。山田風太郎の忍法帖に出てきそうな設定ではあるが。

 俳優の仕事にはインプットとアウトプットがあって、インプットとは、演出家の指導と町なかでの人間観察がそれである。それらを次第に蓄積しながら、芝居の引き出しとしていくのだ。アウトプットはもちろん役への発露。演技のことである。ところが、北島マヤはほとんど外界を見ていない。自己の内面をじいっと見つめている。演出家の導きを聞いているものの、いざとなると内側からの本能で素晴らしいステージを作ってしまう。

 累も同じである。

 晴れがましい顔を手に入れたにもかかわらず、累の演技はほかの役者とコラボレートするのでなく、ひたすら自己の内面にもぐって役の中に入りこもうとするだけだ。これでは醜い顔の時とほとんど心の形は同じではないか、と読者に思わせる。しかし、彼女にとっては、たとえ他人の身代わりにせよ、輝かしいスポットライトを浴びる快感は、初めての表舞台であり、心のはずみは否定しようもない。

 法外にかんばせの醜い女性がどうやって生きるかは、メタファーにしてみても、過激なシチュエーションであり、けれど過激なものは時に真実をあぶり出す。過激ぶりがいつ逆転するかは、今後の巻数に期待させる。


高校でイジメの対象だった累

母から秘密を受け継ぐ

キスをして顔が入れ替わった

華やかな舞台の上こそ私の生きる場所だ

美少女女優ニナとして生きることを決意する