ダウン症の兄の日常を描く『ヒロのちつじょ』―ダウン症の人の生活ってどういうもの?【インタビュー 前編】

社会

2017/7/26

『ヒロのちつじょ』(佐藤美紗代/太郎次郎社エディタス)

 障がい者施設「やまゆり園」で起こった、あの忌まわしい事件から1年が過ぎた。今でも犯人への憤りとともに、記憶に残っている人も多いことだろう。

 しかし一方で「とはいっても実際、障がいを持つ人とどう接していいかわからない」という健常者も多い。ましてや家族の1人がダウン症だったとしたら、他の家族は一体、日頃どんな思いをしているのだろう……?

 好奇心もあって、ダウン症の兄の日常をまとめた『ヒロのちつじょ』(太郎次郎社エディタス)を手に取った。著者の佐藤美紗代さんが大学の卒業制作で作った電子書籍がベースで、ヒロこと兄の佐藤洸慧(ひろえ)さんの「あさ」「ひる」「よる」の行動が、イラストとともに紹介されている。

 ヒロは「気前の良さは一人前」で、大好きな食べ物でも「いいよ」とひと口分けてくれたり、鏡に異様な嫌悪感を示して決して見ようとしなかったりと、独特の癖やこだわりを持っている。そしてそこには、言葉で気持ちを伝えることができない「ヒロなりの秩序」があるのだという。現在はソーシャルワーカーになるためにカナダに留学している佐藤さんに、ダウン症のヒロの世界について教えてもらった。

周りの「兄を知りたい」が、描いた理由

 佐藤さんは武蔵野美術大学基礎デザイン学科を卒業している。しかし3年生まではソーシャルワーカーになることや、ダウン症の兄についての本を作ることは考えたことがなかったそうだ。

 「4年になって卒業制作を作ることになって、『自分の課題って何だろう?』とふと思った時に、ヒロの存在が浮かんできて。私ができることは、ダウン症の兄のような人に向けたデザインを考えることじゃないかなって思ったんです。

 だから卒業制作も最初はダウン症の人向けのデザインを考えようと思っていたのですが、ゼミの仲間や教授から『ダウン症の人の生活ってどういうものなの?』と聞かれて、ヒロの1日を描いてみようと思いました」

・カレーや丼は上の層から食べる
・歯磨きが嫌い
・洗濯物をたたむときは、折りたたむ前のパサッと伸ばす行為が好きなようで何度も繰り返す
・しかしその後は見もせずにパタパタと、適当に折っていくだけ

『ヒロのちつじょ』P29より

『ヒロのちつじょ』P29より

・タオルも下着も靴下も、繊維一本で洗濯バサミに挟む技を持っている

『ヒロのちつじょ』P30より

 など、家での過ごし方や、平日に通っている障がい者施設での様子などが、シンプルながらもコミカルなイラストで描かれている。その行動のひとつひとつに個性があり秩序があるのだと、佐藤さんは語る。

 「ダウン症に限らず知的障害を持つ人は皆、それぞれの個性や行動の理由があって、見ていて笑ってしまうこともあります。でも私も家族であっても、自分の接し方が正しいのかがわからないことはありました。大学に入って実家から離れて生活するまでは、そう思うことのほうが多かったです。だから下の兄がヒロとコミュニケーションが取れているのを見て、いいなあと思うこともありました」

離れたことで、兄を受け入れられた

 佐藤さんには7歳上のヒロともう一人、5歳上のアキという兄がいる。アキとヒロは佐藤さんが物心がついた時にはもう仲良しで、それがうらやましく見えた時期もあった。そして家族にコンプレックスを抱き、ヒロにイライラしたこともあったそうだ。

 「小学校にあがるぐらいまでは意識してなかったけど、小学校2年生の時に養護学校に通う際の送り迎えについていった時に、自分の学校と雰囲気が違うなと思って。それでヒロは、いわゆる『普通』とは違うのかなと思うようになりました。でも子供の頃から、ヒロと一緒に歩いてると通りすがりにちらっと見ていく人がいたので、その目線は当時から不思議に思っていましたね。

 だから10代の頃、被害妄想みたいな感じで『うちはどうして周りと違うのだろう』とコンプレックスを感じていた時期はありました。『ダウン症の兄がいる』という話は皆にしていたけれど、家に友達を呼ぶこともできなくて。そして自分の気持ちを友達に打ち明けられず、一人でイライラすることもありました。でもヒロは私が一方的に怒っても、言い返してくることは一度もありませんでした。もともと温厚な性格なのもあるのかもしれませんが、私のことは『妹だから』って意識が、どこかにあるのでしょうね」

 そんなヒロを佐藤さんは、どうして受け入れられるようになったのだろう? 

続きは後編にて。

著者の佐藤美紗代さん

取材・文=今井順梨