30名もの患者が手術死――元群馬大学病院のモンスター・リピート医師が生まれた背景に迫る、迫真のノンフィクション!

社会

2017/9/5

『大学病院の奈落』(高梨ゆき子/講談社)

2007年4月~14年3月にかけて、群馬大学病院(以下、群大病院)で同じ医師(2015年3月末に依願退職。2016年7月に懲戒解雇処分が決定)から肝臓などの腹腔鏡手術や通常の開腹手術などを受けた患者が、相次いで死亡した問題をご記憶だろうか。

この問題が最初にワイドショーなどでも盛んに報じられたのは2014年11月頃で、当時は「腹腔鏡手術患者8名が死亡」とされていた。しかしその後の調査で、同医師による手術死患者は、開腹手術も合わせて合計30名にも上ることがわかったのだ(2015年8月31日、テレ朝ニュースほか)。

そして2017年8月27日、読売新聞朝刊などが報じた最新ニュースによれば、問題の医師と当時の上司(教授・2016年7月論旨解雇)との対面が実現し、事情説明を受けた患者遺族たちは「二人に反省の色がない」「このまま男性医師らを医療に従事させれば同様の事案再発につながる」として、男性医師らに対する医業停止などの行政処分を求める要望書を近く厚生労働省に提出し、刑事告訴も検討するという。

 なぜ男性医師らの暴走は止められなかったのか? 群大病院での手術死問題の背景と核心に鋭くペンによるメスで切り込む迫真のノンフィクションが、『大学病院の奈落』(高梨ゆき子/講談社)だ。

 著者の高梨ゆき子氏は読売新聞医療部記者で、2014年11月14日にこの問題の第一報となるスクープを放った人物でもある。以来、群大病院並びに事故調査委員会(以下、事故調)の動静や発表のほか、多くの遺族たちとも向き合う丹念な取材を重ね、「天下の郡大」でいったい何があったのか、真相を追い求めてきた。本書はその第一弾レポートにして、群大病院が抱えていた数々の病巣、そして男性医師らの実態を明かす「告発書」ともいえる内容だ。

 群大病院が抱えていた病巣の中でも、著者そして事故調が最もその異常性を指摘したのが、第一・第二外科という二つの外科の存在だ(2015年4月に統合)。トップに君臨する教授の出身大学が旧帝大系(第一外科)か、群馬大(第二外科)かで二科に分かれていたのだが、異常なのは、どちらにも同じ消化器外科、呼吸器外科、移植外科などがあり、それぞれに医師を雇っていたこと。そして二科は互いを敵視し、医療を補完し合うことはなく、手術件数などの成果を競っていたという。

 こうしたいびつな構造の中で、第二外科のエースとして、実績もない肝胆膵系の難易度の高い手術を多く担当したのが、問題の医師「早瀬稔」(仮名・本書表記)だった。本書に収められた遺族たちからの悲痛な叫びの数々を読むと、早瀬がいかに不誠実な対応で手術へと患者を誘い込み、自らの技量試しのいわば実験台にし、功名を立てる機会にしようとしていたかがわかる。また、大学病院での収入は低いため、担当患者の緊急時にでさえ、系列病院での高額アルバイトに精を出していた実態も明かされる。

 こうした複合的な要因で起こった群大病院問題に加え、近年、他の病院でも起こった同様の医療事故問題を随所で取り上げながら、重層的に日本の医学界が抱える問題とその解決への道筋を本書は示していく。

 さて、読売新聞の医療部では、群大が執刀医と教授の処分を発表した2016年8月以降、
元群大医師と教授を実名で報道している。一方、本書で著者が仮名表記にしたのはおそらく、読者の関心が両名に対するバッシングにのみ向くことを避けるためではないだろうか。問題は医療事故を繰り返すリピーター医師だけにあるのではなく、そうした医師が生まれる日本の医学界、教育現場や病院という土壌にこそ本丸がある。そんな痛烈なメッセージを感じる一冊だ。

文=町田光