元カレを取り戻すために家族を殺した放火犯、過剰な気遣いが犯罪を呼ぶ夫婦……恋愛事件だけを集めた傍聴記!

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公開日:2017/9/5

『恋の法廷式(朝日文庫)』(北尾トロ/朝日新聞出版)

 最近、「裁判傍聴」にハマる人が多いという。傍聴人を数多く集める裁判トップ3は、大事件(大きく報道されている事件)、有名人が被告人、下半身もの(売春防止法違反、強制わいせつなど)。これらの裁判の傍聴にはただでさえ人が集まるそうだが、人間ドラマが垣間見えるとして、報道されないような身近な小さな事件もここのところ人気が高いらしい。裁判所でデートするカップルも少なくないというから驚きだ。

 恋愛事件を扱った裁判だけを傍聴した記録が、『恋の法廷式(朝日文庫)』(北尾トロ/朝日新聞出版)。第1章〈基本問題〉は『週刊朝日』に、第2章〈応用問題〉は『法学セミナー』」にそれぞれ連載され、1冊の本にまとめられた。著者の北尾トロ氏は、同じく裁判傍聴をテーマにし『 裁判長!ここは懲役4年でどうすか』が漫画、ドラマ、映画化されたことも記憶に新しい、裁判傍聴記の第一人者。本書でも様々な恋愛事件を独自の目線で紹介している。

 「恋愛事件」とは、恋愛感情が直接・間接的に要因となる事件のこと(もっとも刑法的にはそんなジャンルはないらしいが)。著者は恋愛事件が起こる際の「人の感情」に興味を惹かれ、被告人の当時の心情について自由に思いを巡らせる。本書の中でも特に興味深い事件をいくつか挙げてみよう。

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■火遊びじゃすまない恋

 20代の女性が自宅に火をつけ、両親と長男の3人が焼死。放火殺人罪で逮捕された。両親には睡眠薬を飲ませ、入り口 には鍵をかけて逃げられないようにするという計画的犯行。事件を起こした動機は、「孤独になったら元カレが同情して、自分のところに戻ってくると思った」という驚くべきものだった。

■元カノは俺が救う

 被告人は傷害と銃刀法違反の罪で逮捕された。元カノがタチの悪い男A(薬物乱用、女から金を巻き上げるなど)と付き合いだしたと思い込み、別れるように説得するため自宅に訪問したところAに遭遇。持っていた果物ナイフで刺してしまう。被告人と被害者Aとの証言が大きく食い違ったため、被告人が独断と偏見でAを悪者と決めつけ、元カノのためにヒーローとして活躍しようとしたが失敗した事件と見られる。

■気遣い夫婦

 被告人はまだ20代の若い人妻。都内の路上で道行く男に声をかけ、売春しようとした容疑で現行犯逮捕された。リストラされた 無職の夫のために夜の街に立つようになったという。審理が進むにつれて、被告人と夫の奇妙な関係が見えてくる。リストラされたことを夫が 隠したため、妻は夫のプライドを傷つけまいとして真実に気づいていることを告げず、生活費を補填するために売春することを選ぶ。対する夫は妻が自分の嘘を守るために売春していることに気づきながらも止めず、心の中で妻に感謝しつつ職探しを続行する(借金をしながら)。

 恋愛事件で被告人たちが語る動機のほとんどは、明確に何かがズレていて共感が難しい。でも、人生を壊すリスクがあるとわかっていてもつい感情的になってしまい、踏みとどまれないのが恋なのかもしれない。本書に登場する被告人たちを見ていると、明日は我が身ではないかと思えてくる。

 事実は小説より奇なり。ひとたび傍聴席に座ってみれば、それぞれの人間ドラマに圧倒されることだろう。まずは本書で、裁判傍聴の奥深さを感じてみてほしい。

文=佐藤結衣