通天閣はエッフェル塔がモデル!? 安くうまくオモロく汚い『大阪の秘密』

エンタメ

2017/9/26

『大阪の秘密』(博学こだわり倶楽部/河出書房新社)

 メディアでは未だに関西を「オモシロ地域」として扱い、変わっている文化や人に着目し、面白おかしく取り上げている。特に大阪が取り上げられる比率は高く、京都府出身の筆者はいつも「なんぼほど取り上げるねん」「メディアも視聴者も飽きひんのか」「もっと京都を取り上げろ」と思うばかりだ。それと同時に、大阪はどれだけ掘っても魅力があふれ出る、まばゆい特殊な地域だと痛感する。誇り高く美しく腹黒い京都の魅力もさることながら、安くうまくオモロく汚い大阪には勝たれへんのだ。

 そこでその魅力を『大阪の秘密』(博学こだわり倶楽部/河出書房新社)より読者にお伝えしたい。「またか」「もうええて」と感じる読者もいるだろうが、何卒お付き合い願いたい。

■通天閣はエッフェル塔をモデルに建設された

 大阪には数々の観光名所があるが、より「大阪感」を味わうならば新世界がオススメだ。本書によると、もともと新世界はパリをモデルに街づくりされたらしく、通天閣もエッフェル塔にならって建設されたらしい。

 大正時代まで、新世界はその名の通り未来都市のような賑わいを見せていたようだ。しかし大正5年、新世界の目と鼻の先に飛田新地ができてしまう。そのためヒジョーに治安が悪くなり、家族連れやカップルが遊びに行けない街になってしまった(飛田新地については「飛田新地 ちょんの間」で検索してほしい)。それからある程度治安は改善されたものの、客足が戻ることはなく、ほったらかしにされてしまった。どっこい、そのおかげで昔ながらの大阪の雰囲気が残り、1990年代頃から「そこが魅力的!」と再認識されるようになる。結果、新世界は日本各地だけでなく世界中から観光客を集める場所として復活を遂げた。

 筆者は何度か新世界に足を運んだことがある。経験から言うと新世界は、昼間の治安はぼちぼち悪くない。しかし新世界をうろつく「奇妙な人々」はそこら中にいる。たとえば、新世界には10円でジュースが買える自動販売機がある。毒が混入していることもなく、喉を潤す程度ならば何ら問題ない。筆者がその自販機を通りかかった際、「いかにも」なじいさんが財布を取りだし、ジュースを買おうとしていた。歩きながら横目でその様子を見ていると、じいさんが財布をいじりながら言った。「あかん、足らん」。財布の中に10円もないんか……。筆者は足早にその場を去った。

■ややこい関西弁

 本書では「関西弁」についても着目している。その中でも老若男女問わず誰もが使うややこい関西弁として「ぼちぼち」がある。「まあまあ」「ゆっくり」「そろそろ」などの意味合いを持つやっかいな言葉だ。この他にも、職場で関西人が「その案件はぼちぼちでいいですよ」と言うと、「その案件はあなたのペースで上手いことやってください」という意味合いになる。関西人が頻繁に使いがちで難しいワードなので「どのぼちぼちですか?」と聞いた方が無難だろう。

 また、関西人は相手を表す言葉として「自分」を使うことがある。「自分、何食べたい?」という具合だ。決して「ぼく、何が食べたいかな?」というヤバめの自問ではないのだ。さらに大阪人と京都人に限ると、何にでも「さん付け」で話すときがある。「お芋さん」「お前さん」「お寺さん」という具合だ。これは宮中の女房たちが使っていた女房言葉であり、それを大阪の商人たちが広めたことがきっかけとなったそうだ。

 筆者が最近知った大阪弁がある。大阪の地元ヤンキーがケンカで使う「バチボコにしばくぞ!」だ。「ボコボコにするからな」という脅し文句の上位ワードにあたる。筆者はこの「バチボコ」の意味が分からなかったので友人に「バチボコってなんなん?」と聞くと、「うっさい! バチボコにしばくぞ!」と怒られた。大阪人とは得てしてこんなもんである。

■大阪中華思想

 大阪人の多くは何かにつけ「大阪が一番」と思っている。関西には2府4県あるが、このうち奈良県と和歌山県は大阪の支配地域(=ベッドタウン)だ。琵琶湖しかない滋賀県は京都府の支配地域にあたる。残るは京都府と兵庫県。兵庫県には尼崎市があり、こちらも大阪府の支配地域にあたる。さらに経済規模で言えば当然大阪に軍配が上がる。

 一方、京都府は歴史のある街として一定の評価はしているものの、「プライドが高く、なにを考えているか分からない腹黒い人々」なので格上とは言い難い。よって、大阪人が「大阪中華思想」を抱いてしまうのも仕方がないのだ。

 しかし、京都人(=京都市内に住む人々)や神戸人(=兵庫県のその他地域を邪魔に思う人々)は、これに異を唱えていることを筆者は知っている。京都人は大阪人を「うるさく品がない」と見下している。さらに神戸人のことを「街をきれいにしたのはいいが、人々の品と歴史はそれに追いついていない」とバッサリ。

 一方、神戸人も負けじと「大阪人はうるさく品がない」と見下し、京都人のことも「腹黒いくせに品もクソもない」とボロカスだ。筆者は京都府亀岡市に住んでいた亀岡人(=京都人にバカにされる人々)なので、いつもこの争いを遠くから眺めていた。

 以上、大阪、ひいては関西の魅力をお伝えした。本記事を読んだ読者は様々な感想を抱くだろうが、その「様々」もひっくるめたものが大阪の魅力だ。本当はもう少し大阪や関西の魅力を書こうと思ったが、これ以上はなぜか悪口になりそうなので、ここいらでやめとくことにした。

文=いのうえゆきひろ