弁護士が追い求めた「真実」とは?―ヴェネチア国際映画祭招待、絶賛上映中のサスペンス映画『三度目の殺人』ノベライズ

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公開日:2017/9/29

『三度目の殺人』(是枝裕和、佐野晶/宝島社)

 「真実」という言葉が使われる時、数千年前に彫られて以来そのままの姿を残す彫刻のように、確固とした不変の何かという意味合いで使われることが一般的です。『三度目の殺人』(是枝裕和、佐野晶/宝島社)の主人公である弁護士・重盛は、「真実」の信憑性を懐疑的に見ており、勝訴にこだわり、真実ではなく勝つための戦略を追求する弁護士人生を送ってきました。ある日、重盛は三隅という殺人容疑をかけられた男の弁護を仕方なくすることになります。三隅は勤務先の工場長・山中を殺し、30年前の殺人での前科があるため死刑が見込まれているものの、山中の妻や娘など関係者と接する中で、重盛はしだいに事件の不可解な点に気付き、真実を知りたいという思いが芽生え始め…。

 同タイトルの映画には主人公・重盛に福山雅治、犯人・三隅に役所広司、被害者・山中の娘に広瀬すずといったが豪華キャストが出演。監督した是枝裕和はノベライズ版でも著者になっています。ドキュメンタリーの世界から監督キャリアを積み、『誰も知らない』『そして父になる』など数々のヒット作品で見られた深い洞察が、本作品でも発揮されています。

「おまえさ、さっき“生まれてこなければよかった人間なんていない”っていってたよな」
「はい」
「アレ、本気でそう思ってんの?」
「はい、そう思いません?」
「うん、思わない。俺はね」
 重盛はいらだっていた。青くさい言葉を当たり前のようにいい放つ川島に腹を立てていた。

 物語の中盤に重盛が弁護士仲間の川島と会話している場面では、本作が事件の謎解きだけでなく人間の心そのものを深く掘り下げていることがよく表されています。「真実」というのは確固として存在するのではなく、私たちの細胞のように刻々と変化していくものなのではないか。そうした前提で、問いかけが展開されていきます。

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 真実というとどこか崇高な、身構えてしまうようなイメージがありますが、身近な事柄に置き換えて考えることもできます。例えば、ネットバンキングやセキュリティが必要なサイトを使っていると、定期的にパスワードを変えるように求められます。私たちは何かしらの形でパスワードを記憶・管理していますが、ずっと変えずにはいられないのだとセキュリティシステムは私たちに語りかけるのです。

妻がどこのクリーニング屋に出していたかが、わからない。あれ以来、重盛が週に一度まとめてワイシャツを持っていく駅前のクリーニング屋ではない。タンスのなかのスーツにかかっているビニールにチェーン店のロゴがあるが、その場所がわからない。そもそも引換券がない。

 他人の頭の中にある「当たり前の」情報、引換券という紙切れによって左右される受領資格…離婚した重盛が冬物のスーツを探すこの描写は、今私たちが享受していることも、刻々と変わっていて永続するわけではないということにつなげて考えることができます。ついつい人は自分だけで生きているようなつもりになってしまいますが、実際は人との関わりの中で生きていきます。それを自覚することによって当たり前のことを愛おしむことができるのだというメッセージを、作品の奥深くから感じ取ることができました。

 映画鑑賞前・鑑賞後にかかわらず、人気キャストが文字ではどのように表現されているかなど、色々な楽しみ方が可能な一作です。

文=神保慶政