人生で大切なことはすべて深夜のラジオが教えてくれた――実在のラジオ番組を題材にした珠玉の短編集『ラジオ・ガガガ』

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公開日:2017/11/3

『ラジオ・ガガガ』(原田ひ香/双葉社)

 アルコ&ピースのラジオ番組が重要な役割を果たす『明るい夜に出かけて』(佐藤多佳子/新潮社)が第30回山本周五郎賞を受賞した。その他にもラジオを題材にした文学は多く、両者の相性は抜群だといえる。「言葉」だけで読者(リスナー)の想像力に訴えかけるという点で共通しているからではないだろうか。

『ラジオ・ガガガ』(原田ひ香/双葉社)も実在のラジオ番組に関係する短編集である。人生の分岐点に差し掛かった年代も性格も違う登場人物たちが、ラジオから思わぬ力をもらうエピソードがつまっている。これだけテレビ番組やインターネットで娯楽があふれている時代で、どうしてラジオ番組はなくならないのか。その答えは本作の中に見つかるだろう。

 老人ホームに入居することになった河西信子は、一人で深夜ラジオの録音を聴く趣味があった。特にお気に入りのパーソナリティは伊集院光。周囲に心を閉ざし生きている信子だが、伊集院の言葉にだけは絶大な信頼を置いている。火曜日の一番の楽しみは、『伊集院光の深夜の馬鹿力』に一人耳を傾けることだ。信子の孤独と、ラジオを愛するようになった理由は何なのだろうか?

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 バイトを転々として30代を迎えた筒井裕也は、心機一転、シンガポールでラーメン屋を開業する。しかし、出資者には胡散臭さが漂い、いつしか業績も落ち込んでいく。失意の裕也の耳に、友人からもらったi-Podに吹き込まれた『オードリーのオールナイトニッポン』が流れだす。聴こえてきたのはある大物芸人のモノマネだった…

 篠崎来実は平凡な中学二年生。来実のクラスは、読者モデル経験もある美少女、井上美月を中心に回っている。男子や先生の前でだけいい顔をする美月について、来実は複雑な思いを抱いていた。ある日、来実が聴いているラジオ『全国こども電話相談室・リアル!』に美月そっくりの声が相談者として登場する。そこで美月に似た声は「いじめを止めさせたい」という相談を始める…

 ラジオリスナーはパーソナリティやゲストの姿を見ることができない。だからこそ、ラジオから流れてくる声には臨場感と切実さが宿る。また、テレビよりも内容の制約が薄いために、人気タレントが本音で話せる場所でもある。結果、リスナーとパーソナリティの間には自然と信頼関係が出来上がる。リスナーは会ったこともない人間に家族のような親しみを抱き、励まされるようになる。本作に収録された短編はいずれも、ラジオの不思議な力についての物語だ。

 また、ラジオはBGMとして人々の生活にそっと忍び込んでくるメディアでもある。そんなラジオの特性が思わぬドラマも生み出す。「昔の相方」では、笠原亜紀と直樹の夫婦が重い会話をしている最中に『ナインティナインのオールナイトニッポン』のオープニングトークが聴こえてくる。リスナーにはおなじみの同級生ネタだ。その内容が、昔の友人との関係に悩む夫婦に力を与えてくれる。

 ラジオの魅力が満載の本作だが、作者のプロフィールも大いに関係しているだろう。作者自身、書き手としてのデビューはラジオドラマだった。それだけに、ラジオへの愛着は強いはずだ。そして、本作でも「リトルプリンセス2号」と「音にならないラジオ」の2編がラジオドラマを題材にしている。シナリオライターの苦悩や焦燥が真に迫って描かれており、おそらくは作者自身の実体験が重ねられているのだろう。

 派手な演出に支えられたテレビや、迅速にリアルタイムの情報が反映されるインターネットも優れたメディアである。しかし、ラジオを愛する人がいる限り、ラジオが淘汰される未来はないだろう。ラジオは世代を問わずにリスナーの生活に寄り添い、笑顔の糧になれる。ラジオが流れるところ、必ずドラマが生まれる。本作は、全てのラジオリスナーに訪れるかもしれない物語なのだ。

文=石塚就一