裏社会の実態を描いた『ギャングース』に驚愕! 特殊犯罪にはスポンサーが存在? 詐欺店舗を統括する番頭の役割とは?

マンガ

公開日:2017/11/5

『ギャングース』(肥谷圭介・鈴木大介/小学館)

 世間を騒然とさせた犯罪「オレオレ詐欺」が登場して早や十数年。特殊犯罪は減るどころかますます横行し、今もなお誰かに騙され脅され金をむしり取られる被害者が続出。法整備をしても世間に呼びかけても、あの手この手と手口を変え続ける知能犯に立ち向かうには、被害者になりうる私たちが正しい知識を身につける必要がある。

 『ギャングース』(肥谷圭介・鈴木大介/小学館)は、カズキ・サイケ・タケオの3人の青年が犯罪者を襲って金を奪う「タタき屋稼業」を通して友情と裏社会を描くアンダーグランドな漫画だ。本作品はストーリーも非常に面白いのだが、筆者としては別の部分も推している。それは本作品に登場する犯罪手口のすべてが実在することだ。

 作者の1人でストーリー共同制作にあたる鈴木大介氏は、貧困や裏社会を取材し続けるルポライターでもある。貧困やヤクザ・半グレを実際に取材し、そこで得た知識を漫画に昇華させたのが『ギャングース』であり、ストーリー自体はフィクションであるものの、ストーリーに登場する犯罪のすべては現在の日本で横行しているものだ。

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 本作品では少年少女が非行に走る理由、半グレやヤクザの実態、窃盗団や空き巣の手口の全貌、そして詐欺グループの実態と手口などを紹介している。読者はぜひどの巻でもいいので手にとってみてほしい。その情報量の多さとニュースで見ることのない裏社会の実態に圧倒されるだろう。ここでは特殊犯罪を行う「詐欺集団」の実態に焦点を置いてご紹介したい。

■詐欺集団は分業された世界

「オレオレ詐欺」などを行う詐欺集団は徹底的に分業されている。ざっくりと説明していくと、まず金主と呼ばれるスポンサーが存在する。本作品では、半グレの王様「六龍天の安達」が詐欺集団の金主として描かれている。この金主が金を投げることで、詐欺を働く奴らが集まる。詐欺集団のトップは「番頭」と呼ばれる人物だ。その番頭の下に「詐欺店舗」が存在する。この詐欺店舗でプレイヤーと呼ばれる人間が電話をかけまくり、人々を騙す詐欺を働く。

 番頭と詐欺店舗を身近なものに例えると、おそらくコンビニチェーン店のマネージャーと各コンビニ店舗のような関係だろう。マネージャーが各コンビニ店舗を管理するように、番頭が各店舗を管理し、しっかりと売り上げを稼ぎつつ、プレイヤーの行動を規律することで検挙リスクも下げている。しかし詐欺店舗はコンビニ店舗と違い、検挙を避けるため開店から長くても1ヶ月で閉店してしまう。

 「詐欺店舗」とは別に「集金店舗」が存在する。詐欺店舗のプレイヤーたちは人々を騙しても、人々から金を回収する役割はない。騙し取った金を回収するのは集金店舗に所属する「ウケ子」と呼ばれる奴らだ。集金店舗のリーダーが指示し、ウケ子が金を受け取りに行く。

 受け取った金はウケ子から「メッセンジャー」と呼ばれる仲介役に流れる。メッセンジャーはコインロッカーに一度金を保管し、さらに別のメッセンジャーが別のコインロッカーに金を保管し……と、いくつもクッションを挟むことで警察の捜査をかく乱する。女メッセンジャーが女子トイレに消え、別の女メッセンジャーが金を受け取る事例もあり、捜査をくらます狡猾な手口がいくつも存在する。

 こうして詐欺で得た金は、金主のもとに配当金として、番頭のもとに売り上げとして流れる。これがざっくりとした詐欺集団の全容だ。ここまで分業する最大の理由は、金主が逮捕されるリスクを避けるためだ。ここからは本作品より、詐欺店舗で働くプレイヤーについてもう少しだけ紹介しよう。

■詐欺プレイヤーの面接

 まず、詐欺集団の末端要員のなるルートの1つとして、路上生活者の人夫出し経由の採用ルートがある。本作品では、半グレの王様「六龍天の安達」をタタくため(=襲って金を奪うため)カズキが公園で路上生活者になって、詐欺のスカウトマンに声をかけられる光景が描かれている。スカウトマンが末端要員をスカウトするとき、前科の有無やネタを食っていないか(=薬物中毒者ではないか)を気にする。これは、依存症の高さ・併発する精神障害・警察にマークされる可能性の高さを考慮している。

 スカウトマンをクリアしたカズキは、詐欺の面接を行うため喫茶店に連れていかれた。喫茶店では、面接官らしき男がカズキに質問をする。住所・年齢・生い立ち・執行猶予中の身ではないかどうかについてだ。執行猶予中でもない、借金もない、携帯電話の滞納歴もないカズキは身元クリーンなので、本来は名義人役者(=犯罪に使う携帯の名義人)として使える人材。しかし名義人役者やトリ(=ウケ子)などは「ドサ要員」と呼ばれており、待遇が低いうえに逮捕率も高い。「六龍天の安達」をタタくためには、詐欺のプレイヤーになって詐欺グループの内部に潜り込む必要がある。

 幸運にも? カズキは面接で「スプリクト」をやらせてもらえることになった。スプリクトとは、詐欺や悪徳訪問販売などで活用されるマニュアルのことだ。より成功率を上げるため「被害者」と「犯罪者」の会話の流れをフローチャート化しており、このスプリクトに従ってプレイヤーたちは詐欺を働く。なかにはカズキのように小学校もまともに行っていない人間も存在するので、このスプリクトには徹底的に読み仮名が振られているそうだ。

 カズキはこのスプリクト面接で神がかり的な役者魂を発揮する。詐欺を働くためには大根役者では成功しない。人を騙すだけの演技力が必要となる。天性の演技力を使ってスプリクトをこなしたカズキはもちろん合格。しかし、これだけでは詐欺店舗のプレイヤーにはなれない。ここから詐欺プレイヤーになるための研修が始まる。

■詐欺プレイヤーの研修

 本作品では、詐欺プレイヤーになるための研修も描かれている。カズキは北関東の山奥で開かれる研修に参加していた。ここに集うのは、元闇金業者、不動産の元悪徳営業マン、闇金に借金を抱える者など、いずれも暗い事情を抱える男たち。それぞれが大金を夢見て研修に参加していた。

 この研修の最大の山場は、名簿と携帯電話を使った実践だ。名簿とは、特殊犯罪を行う裏稼業人の間で流れる「カモリスト」のことであり、様々な種類が存在する。資産を持つ高齢者限定の名簿、何度も被害に遭うターゲットを集めた「おかわり名簿」、名簿を仕入れて初めて使う「一番名簿」、使い終わって失敗したターゲットを集めた「二番名簿」などだ。これだけ種類が存在する理由は「シノギの効率化」のため。特殊犯罪は「確実に金を奪えるターゲットが載る名簿」がすべてなのだ。そのため裏社会では名簿が数多く出回り、優秀な名簿(=カモがたくさん載る名簿)ほど高値がつくという。

 本作品では、二番名簿を使って指導者と研修者たちが実際にオレオレ詐欺を行う模様が描かれている。まず「泣き屋」と呼ばれる要員が、「俺役(=オレオレ詐欺の息子役)」として被害者に泣きながら電話をする。「今ホント困っていてさ……」というセリフと共に息子を装うのだ。ちなみに、この泣き屋は俳優・女優も顔負け。5秒で涙を流すことができる。

 次にキレ役が俺役から携帯電話を奪い取り、「16歳の少女を買春して妊娠させた。責任を取れ」と猛烈にキレる。被害者が動揺したところで弁護士役に変わる。この3役が劇団顔負けの「買春示談」を行うことで被害者から金を奪う。

 この3役の中で最も難しいのがキレ役だ。まず被害者をビビらせるほどキレること。さらに、俺役が大変な状況に陥っている臨場感を出すため物をぶっ壊したり壁を蹴ったり、「効果音」も効果的に取り入れなくてはならない。リアルを再現するため、キレ役が俺役の首を絞めあげることもある。弁護士役と連携して「金じゃ解決しないけど、なんとか金で済むようにするから」「金で解決しなければ俺役の身が危ない」と被害者に思わせることもキレ役の役目だ。

 このように劇場並の臨場感に騙された被害者は弁護士役の言うまま、訪れたウケ子に金を支払ってしまう。このオレオレ詐欺を実践するため、カズキたちはスプリクトを読みこみ、携帯電話を持った手をガムテープでグルグル巻にし、10回失敗するごとに「根性焼き(=体に煙草の火を押しつけること)」のペナルティを課される地獄の研修が始まってしまう……。

■すずきメモ

 『ギャングース』では作中の至るところに鈴木大介氏による「すずきメモ」が書かれている。「すずきメモ」とは、作中に登場するセリフをキーワードに、裏社会のうんちくを書き記した「役に立つ豆知識」のことだ。本記事のしめくくりとして、筆者が個人的に選んだ「すずきメモ」3つをご紹介しよう。

『怖い』
詐欺被害に遭ったとき、もしくは遭いそうになったとき、「警察に駆け込むと犯罪グループに報復されるかも」と恐れる人々がいる。「すずきメモ」によると、最近は厳罰傾向にあり、警察に駆け込まれた時点で犯罪グループは手を引くそうだ。これは犯罪グループなりのリスクマネジメントであり、反対に警察に駆け込まなければ、何度も詐欺の被害に遭うことになるそうだ。

『誰』
 犯罪を生業とする裏稼業人は、想像以上に目立たない存在。行動エリア・時間帯に合わせて、スーツを着たりカジュアルなファッションを着たり、最も目立たない服を選ぶ。特に稼業中は、過度な不良ファッションは御法度。その反対に、過度な不良ファッションで周りにアピールしまくる裏稼業人は、セオリーを知らない下っ端の可能性もあるとか。また、顔に傷のある場合は「クレイジー」「仲間を裏切る性格」「めちゃめちゃ弱い」のいずれからしい。

『張り紙』
 汚れがひどすぎる、もしくはボコボコに凹んでいる車は警察による職質の対象となる。裏稼業人はそれを避けるため、車に「故障車両移動中」という張り紙をして警察の目をかいくぐるテクニックを持っている。

文=いのうえゆきひろ