引きこもりの兄に苦しめられた弟が、人を愛する感情を取り戻す――心をえぐる、デビュー作『ひきこもりの弟だった』

文芸・カルチャー

2017/11/9

『ひきこもりの弟だった』(葦舟ナツ/KADOKAWA)

 物語には2種類ある。一つは、現実ではあり得ないことが起こり、読み手の「こうなったらいいな」を描く「現実逃避」の物語。「冴えない私がクラスの人気者の○○君に告白されて」的な展開である。

 もう一つは、出来事とそれに付随する人の感情を、作家の表現力と思考力で明確に言語化し、より一層「現実を突きつけてくる」もの。『ひきこもりの弟だった』(葦舟ナツ/KADOKAWA)は、後者である。

 主人公の「僕」は、人を好きになったことがない。なのに、駅のホームで偶然出会った女性と、その日の内に結婚を決める。決め手は、彼女が口にした「3つ目の質問」。あとは「お互いを大切にする」という決まりだけをして、「僕」は大野千草(おおの・ちぐさ)という女性と夫婦になり、共同生活を始める。

「僕」は千草が好きではない。千草も、「僕」を愛しているわけではない。ただ、お互いを大切にし合えて、「3つ目の質問」に了承できる相手なら、お互いそれでよかった。

 世間の「常識」から考えたら不可思議な二人だが、関係は良好。「僕」は千草を妻にした生活に、温かさと穏やかさを感じていた。しかし、そこに安らぎを感じれば感じるほど、千草が抱く「本当の気持ち」が見え隠れし始め、また、「僕」自身も、消せない過去の忌まわしい記憶がよみがえるようになる。

 兄は十数年以上、外に出ないでひきこもっていた。その兄を溺愛し、自分には関心を向けてくれなかった母。そんな家族を捨てたいのに、捨てきれない「僕」。兄に人生を狂わされたと思う憎しみや、どうして自分の家族だけ「普通」ではないのかという悲しみ、一方で、家族を大切にしたいのに、できない自身の非情さに苦しむ。様々な想いが、「僕」の心をがんじがらめにして、人を愛せない自分にしている。

 そんな「僕」は、千草との「愛のない生活」に何を見るのか。彼女の抱えている想いは。二人をつなぐ、3つ目の質問とは――。全てが明らかになった時、読者は「本当の愛」を知ることになる。

 本作は「これはどこかにいる本当の家族に起こった出来事なのか?」と思ってしまうほど、リアリティがあった。「僕」と同じような状況であったり、家族を「大好き」と屈託なく思えない方だったりしたなら、自分がうまく言葉にできなかった想いを表現していることに、共感して泣けるだろう。

 一方で、本作を「自分には合わないな」と感じるのなら、それは「現実逃避」の物語を欲している読者なのかもしれない。本作にお手軽な救いはない。現実の厳しさを突きつけてくる。しかし、読み終わった後、何か勇気に近いものを与えられ、逃げていた現実に一歩踏み込んでいけるような、そんな強さをもたらしてくれる作品である。

 ラストには賛否両論あるのかもしれないが、私はこの終結だからこそ、本作には意味があると感じた。現実は、物語のようにすっきり清々しく、何事も解決するわけではない。時間をかけて傷ついた心は回復し、ちょっとずつ大切なものを得ていくのではないだろうか。千草は「僕」に愛を教えた。それだけで、充分なのだ。

 あなたが、少しでも本作に惹かれるものを感じたのなら、迷わず手に取ってほしい。

文=雨野裾