マンガ『神の雫』原作者がつくる、ワインの香りに包まれたもう一つの物語

文芸・カルチャー

2018/1/14

『東京ワイン会ピープル』(樹林伸/文藝春秋)

 皆様は、ワインはお好きだろうか。私はワインが大好きだが、立派なワインを口にする機会となると、年に数回。他人の誕生日やお祝い事につけこんでプレゼントという大義名分のもとで一緒に飲むくらいである。だから、そんな時に出る感想はおそらく“通”からしたら大変拙いものなのだろう。でも、あの瞬間の感動は本物だと言い切れる気も十分にするのだ。その感覚をもっと正確に理解し、奥深いワインの世界を楽しめたら、どれほど人生の幅が広がることだろうか。ワインに対してそのように感じている人は、おそらく私だけでなく大勢いるのだと思う。今回は、そんな人々が大いに共感でき、読後ワインの世界にどっぷりと浸ってしまうであろう小説をご紹介したい。『東京ワイン会ピープル』(樹林伸/文藝春秋)である。

 この小説の作者、実は「亜樹直」という名義で、ワインの世界を扱った人気漫画『神の雫』(講談社)の原作・原案を手掛けている。ワインへの造詣が深く、2010年にはフランスの代表的なワイン誌による「ワイン今年の人」特別賞(最高賞)に選出された人物だ。そんな作者が手掛けた本書、とんでもなく難しい用語に溢れていたらどうしようと最初こそ不安に感じたが、結論から言うと大変読みやすく、扱われている内容も十分に深かった。本書の主人公、桜木紫野はワイン素人のOL。そんな彼女が上司との付き合いで訪れた“ワイン会”をきっかけにして“秘密”の世界に迷い込んでいくというストーリーが実に面白い。素人の主人公にすんなりと自己投影できるため、難しいワインの用語が出てきても抵抗なく読み進めることができるのだ。

 付き合いでワイン会に連れていかれることになった紫野。“読モ上がり”の女に寝取られた元カレによく飲まされたワインに対して良い思い出はなく、乗り気ではなかった。そんなワイン会で偶然出会った男、織田一志に飲ませてもらった「DRCエシェゾー2009年」で彼女は一気にワインの虜となる。織田から独特な感受性を見出された紫野は、次のワイン会の誘いを受ける。しかし、その直後に織田はまさかの逮捕。織田から、「僕の置いているワインを飲んで、その感想を伝えて欲しいんだ」と託された紫野は、一人で次のワイン会に挑むことになる。そこで、元カレを寝取った女とまさかの再会。偶然の出会いの中で、それぞれの人物が何かしらの“秘密”を抱えていることに気付き始める紫野。ワインの香りに巻かれる秘密に突き動かされ、彼女は愛と欲望と打算が渦巻くワイン会を奔走する。

 ミステリアスなテンポで進む物語を支えるのは、一度は飲んでみたい素敵なワインたち。「DRCエシェゾー2009年」「シャトー・マルゴー1981年」「ドン・ペリニヨン・ロゼ2004年」「シャトー・ディケム1910年」「ドメーヌ・フルーロ・ラローズ ル・モンラッシェ1991年」…どれも庶民が気安く購えるような代物ではないのだが、ワインに精通する著者の描写は巧みで、とにかく飲みたくって仕方がなくなってしまう。主人公の紫野に自己投影しながらすいすいと読み進められるため、読後あなたもきっと、ちょっと背伸びしたワインを買いに行きたくなること間違いなしだ。私も実は、読後すぐに近所の有名なワインショップに飛び込んでしまった。まあしかし、「DRCエシェゾー2009年」には流石に手が出せないが(某大手通販サイトでは17万円ほど!)。ああ、紫野が羨ましい。

文=K(稲)