この世界に入ることができて良かった——。戦力外通告を受けた元・プロ野球選手25人の生き様

スポーツ

2018/1/23

『俺たちの「戦力外通告」』(高森勇旗/ウェッジ)

 毎年、年末に注目している番組がある。「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」。タイトル通り、突然の戦力外通告を受けたプロ野球選手と、その家族に密着したドキュメンタリーだ。毎回の放送では主に3名の選手に焦点があてられ、彼らの揺れる胸の内や再出発が報道される。

 野球の熱狂的なファンではない私だが、一度何気なく番組を見て夢中になった。一度はスターダムに駆け上がった男たちの、おそらく人生で最も大きな挫折と転機。残酷な宣告を受けてなお、自らの夢や家族のために活路を見出そうとする彼らの姿には、野球に詳しくない人の胸をも打つ何かがある。

『俺たちの「戦力外通告」』(高森勇旗/ウェッジ)は、自らも戦力外通告を受けてプロ野球界を引退した著者が、同じ経験を持つ25人の元・プロ野球選手にインタビューを試みた1冊だ。東海道・山陽新幹線グリーン車搭載誌「Wedge」の連載、「それは、“戦力外通告”を告げる電話だった」がまとめられて出版された。

 本書では「戦力外通告を受けた」という事実は全員に共通しているが、そこに至るまでの過程はさまざまだ。1軍で活躍をすることがないままクビになる人もいれば、長く脚光を浴びたものの、結局は戦力外通告という形で球団を去る人もいる。プロ野球選手ではなくなった後も、公認会計士やパティシエなどまったく別の職業に就く人もいれば、野球解説者やコーチという何らかの形で野球と関わりを持とうとする人など、それぞれのセカンドキャリアがある。

 印象的なのは、ほぼ全員が「幸せな野球人生だった」「この世界に入ることができて良かった」と口を揃えて話すことだ。プロ野球生活の大半を2軍で過ごし、活躍の機会がなかった人もそうなのだから、やはりプロ野球界は選ばれた人のみが経験できる、魅力ある特別な世界なのだろう。

 18年在籍した横浜ベイスターズから2010年に戦力外通告を受けた佐伯貴弘氏は、その後の2軍ファン感謝デーの際、こう言ったという。

「2010年は、佐伯貴弘にとって、最高の年になりました」

 この言葉は、著者の生き方を根底から覆すものになったそうだ。この言葉の真意について、佐伯氏は本書のインタビューでこう語っている。

「いろんな自分を見ることができた。何度も諦めそうになった。それでも、屈しなかった。やり抜くことができた。そんな、最高の1年だった」

 当時、自分が試合に使われないことへの不満を周囲に漏らし、練習にも身が入っていなかった著者。それに対し、佐伯氏は試合に使われなくなっても毎朝6時にグラウンドに現れ、2時間のトレーニングを欠かさなかったそうだ。試合では誰よりも前に立って声を出し、後輩のバットを拾いに行った。

 そして、横浜ベイスターズ退団後、野球浪人生活を経て20年の現役生活に幕を下ろした佐伯氏は、引退会見でこう話したという。

「結果には後悔ばかりだが、結果を残すためにやってきたことに後悔はない」

 どんなに素晴らしい選手でも、野球を辞める時は必ずやってくる。その時に、自分のやってきたことに誇りを持ち、胸を張って表舞台から去ることができるかどうか。それがきっと、彼らのセカンドキャリアの成功を左右するのだろう。

 戦力外通告を機に自分の人生を変え、新たな可能性を切り開いた26人(著者含む)の元・プロ野球選手。彼らの生き様から、あなたは何を感じるのだろうか。

文=佐藤結衣