将棋の年・2017年の波を未来へ…人は将棋の何に惹かれるのか?

エンタメ

2018/2/5

『等身の棋士』(北野新太/ミシマ社)

 永世七冠を達成し国民栄誉賞の授与も決まった羽生善治、「ひふみん」こと加藤一二三の引退と独特なキャラをいかしたさらなる活躍、15歳の早熟棋士・藤井聡太の歴代最多連勝記録や勝負メシ…2017年は棋士の名が度々話題に上り、将棋界が一躍盛り上がりを見せた年だった。

 本書『等身の棋士』(北野新太/ミシマ社)の著者は報知新聞の記者。前著『透明の棋士』のヒットに続く待望の一冊だ。著者自身が「将棋ノンフィクション」と称する本書がどのようなスタンスかをご紹介しよう。

最近、先輩の観戦記者から「将棋や棋士の何にそんなに惹かれるんですか?」と尋ねられた。
どんな競技よりも真剣勝負だからですよ、とか、けっこういろんな世界を見てきましたけど、ああいう人たちはなかなかいないもんですよ、などと、ああだこうだと答えてはみたものの、どうにもしっくりこなかった。

 このように言葉で説明しても著者がしっくりこなかった将棋愛は、「将棋はなぜこんなにも魅力的なのだろうか」という根本的な問いかけとともに、本書全体に浸透している。多くの人にとってはテレビの中にいる存在である棋士たちが目の前にいる雰囲気だけでなく、将棋会館に行く道や帰り道での出来事などが、物語として書き綴られている。対局の前、対局中、対局後という時間の流れ、そして将棋が象徴する人間の知性は、著者を虜にしている。

 そもそも、将棋はいつどのように生まれたのだろうか。日本将棋連盟によると、起源は古代インド、伝来時期は不明で、最古の資料で将棋の存在が確認できるのは平安時代だという。

「時代とともに将棋は変わる」という言葉が書中で繰り返される。9×9のマスの上で双方各20個のコマがどう動くかという、ある意味シンプルな事柄に、伝来から千年以上経った今でも時代が反映されているということは、よくよく考えるととても不思議ではないだろうか。

 将棋に時代が反映されているという点で一番わかりやすい例は、ポナンザに代表される将棋AIの登場と電王戦だろう。将棋名人がコンピューターに負ける。AIに対して恐怖を覚えるか関心を持つかは人それぞれだが、著者は「人が打つ将棋」を愛してやまない。その愛情を、著者は意外な方法で説明する。

 アメリカの作家ボブ・グリーンがマイケル・ジョーダンについて書いた『HANG TIME』を、バスケットボールが好きだった著者はある時読んだ。『マイケル・ジョーダン物語』と訳されていることに対するいささかの落胆とともに、感想をこのように語っている。

「エアー」と呼ばれたジョーダンの代名詞でもあるが、筆者がタイトルに込めたのは取材対象の跳躍力への羨望ではないだろう。地上を離れて滞空しているのは、むしろ書き手なのだ。

 がっしりと置かれ動かない将棋の盤、そこに響く駒音、勝負の一手を指す瞬間の緊張…棋士一人ひとりの輪郭を、忠実な時間と出来事の流れの中にできるだけはっきりと描くことが、著者の執筆対象に対する愛情表現だ。将棋に詳しい方にもそうでない方にもその愛情を分けてくれる、必読の一冊となっている。

文=神保慶政