時報の「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」は江戸時代からの名残!? 「鬼平犯科帳」から見る東京の現在

社会

2018/2/13

『古地図片手に記者が行く 「鬼平犯科帳」から見える東京21世紀』(小松健一/CCCメディアハウス)

 明治維新期に新しく西洋文化を取り入れ始めてから現在までに劇的な変化を遂げた東京の町。いたるところに摩天楼が立ち並び、その間隙を縫うように建設された首都高速道路など、東京の町を見渡すと江戸時代の面影はほとんど残っていないように思える。

 東京の町に残る江戸の面影を、古地図をもとに探索していこうという探検本『古地図片手に記者が行く 「鬼平犯科帳」から見える東京21世紀』(小松健一/CCCメディアハウス)が発売された。

 本書の著者である新聞記者の小松氏は、「サツ回り」と呼ばれる警察機構へのインタビューをしていく中で、多くの刑事が時代小説『鬼平犯科帳』(池波正太郎/文藝春秋)を愛読書としていることに驚いた。そこでこの『鬼平犯科帳』という小説に興味を抱き、この小説の舞台となっている場所を巡る探検本を執筆することを思い立ったという。

 古地図を片手に東京探索をしてみると、東京の町は江戸時代の武家屋敷跡地を活用して首都整備がなされたということが分かる。どうしてこのような首都機能の整備が可能になったのかを調べてみると、当時の武家屋敷は幕府からの貸与地だったため、明治政府による用地の接収が容易にできたのだという。江戸の町の70%もの土地を占めていた武家屋敷がなかったら、今の東京はなかったといっても過言ではないだろう。

 いま、117番に電話をかけてみると「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」の合図で時刻を伝える時報を聞くことができる。実は、この時報の「ピッ、ピッ、ピッ」の部分は、江戸時代に実在した「時の鐘」の名残だそうだ。当時は、時刻の数だけ鐘を打ち鳴らす前に3回鐘を鳴らしその合図をしていたのだ。また、当時「鐘聞き料」は公共料金のような位置づけで、鐘の音が聞こえる範囲に住む者は、聞きたくなくても料金を払わなければならなかったのだそう。しかも、この料金の徴収は町奉行所のお墨付きを得ていたというから驚きだ。

 これ以外にも、ここでは紹介しきれない東京の町の見どころが本書には満載だ。休日は本書を手に取り、江戸の名残を探しながら東京の町を巡ってみてはいかがだろう。

文=ムラカミ ハヤト