「がき大将」「夜なべ」… 消えてほしくない “もったいない語”はありますか?

社会

公開日:2018/3/6

『わたしの「もったいない語」辞典(中公文庫)』(中央公論新社:編)

 会話をしていて、今ではあまり使われることがない言葉がふいに口をついて出ることがある。自分自身はごく自然に使ったにすぎないその言葉に対して相手が怪訝な顔をしたり、笑われたりした時に、ああ、この言葉はもう消えかけているんだな、と気づく。その瞬間、ちょっとした気恥ずかしさと寂しさを同時に感じる。

 そんな「最近聞くことがなくなってきたけれど消えてしまうには惜しい言葉」を集めたエッセイ集が、『わたしの「もったいない語」辞典(中公文庫)』(中央公論新社:編)。収録されているエッセイは、読売新聞・金曜夕刊の「にほんご」欄に2013年4月~2016年7月に掲載されたものだ。作家・文学者・俳人など言葉のプロ150人が、自身の体験談とともにそれぞれの“もったいない言葉”への想いを綴っている。

 取り上げられている言葉は、他の表現に取って代わられたものもあれば、未だに存在するけれど本来の意味では使われていないものなどさまざま。人によって言葉の感じ方はこうも違うのかとページをめくるたびに驚かされる。

advertisement

 たとえば、私たちが何気なく使っている日本語を違った視点で見ているのが、日本で活躍している外国人だ。彼らが挙げる“もったいない語”は、私たち日本人に新たな気づきを与えてくれる。

 中でも、ポルトガル文化センター代表のジョゼ・アルバレスさんが選んだ「すみません」は印象深い。贈り物を受け取った日本人がこの言葉を言うのを聞いた彼は、「どうして謝るのですか」と日本語の先生に質問をする。謝っているのではなく、すぐお返しをしないのでこれはまだ終わっていない、と言っているのだ、という先生の答えを聞き、日本人の義理堅さに感じ入ったそうだ。

 何かをしてもらって「ありがとう」ではなく「すみません」という言葉を使うことには賛否両論あるだろう。しかし、「すみません」という言葉の「何かをしてもらったのに、お返しができず気持ちがおさまらない」という真の意味を知ると、日本人の謙虚さが誇らしくすら感じられ、また違った気持ちで言葉を扱うことができるのではないだろうか。

 また、アニメで日本語の美しさに感銘を受け、日本語を学び始めたという2か国語声優の劉セイラさんの“もったいない語”は、「ありがとうございました」。日頃から日本の人たちに思いを伝えたいという気持ちをこめて日本語を使っている彼女にとって、コンビニ店員の「あーざーす」というやる気のなさそうな発声はとてももったいなく感じるという。

 他にも、「がき大将」という言葉の喪失には、かつてはたくさんいた“親分肌で面倒見がいいみんなのまとめ役”が少なくなっていることへの一抹の寂しさを感じるし、ヨーロッパ人が楽しむ「黄昏」を残業のために日本人が惜しまないことは、素直にもったいなく思う。著述家の北条かやさんが選んだ「夜なべ」という言葉から伝わるのは、家族を思って作業をこなす親の温かみだろう。「徹夜」や「オール」という言葉の響きからは感じられないぬくもりがそこにはある。

 あ行のもったいない語から順番に読み進めていくも良し、目次をざっと眺めて気に入った言葉のエッセイだけに目を通しても良し。自らの体験と重ね合わせて懐かしさをおぼえたり、新たな発見に出会ったりと多様な楽しみ方をしてほしい。つい口走ってしまう“もったいない語”、これからは恥じるのではなく誇ってみては。

文=佐藤結衣