人種も宗教も雑多なはるかトルコの地で、日本人留学生の見たものとは…梨木香歩作品初電子化! 永遠の名作青春文学『村田エフェンディ滞土録』

文芸・カルチャー

2018/3/9

『村田エフェンディ滞土録』(梨木香歩/KADOKAWA)

 梨木香歩さんの小説を読むと、どんな喧噪のなかにいても、不思議な静けさに包まれる。言葉のひとつひとつに感受性があふれているから、うかつに読み飛ばすことができない。わかりやすくて爽快なエンタメも楽しいけれど、ときには一文一文を沁みこませながら、心を行間のあいだにたゆたわせたい。そんなとき、梨木さんの作品はうってつけなのである。

 梨木さんといえば『西の魔女が死んだ』や『裏庭』などの児童文学作品がよく知られているが、留学先の土耳古(トルコ)で村田エフェンディと呼ばれた男の摩訶不思議な滞在録を描いた『村田エフェンディ滞土録』(KADOKAWA)もまた傑作だ。2月25日に電子書籍が配信となった本作、新潮文庫から出ている『家守綺譚』『冬虫夏草』の姉妹本的な位置づけだ。版元がちがうので読み逃している方がいたらぜひとも手に取っていただきたい。

 舞台は1899年、第一次世界大戦開戦前の、各国が不安な情勢に揺れていた時代。和歌山県沖でトルコ軍艦が遭難し、500人もの犠牲者を出したエルトゥールル号遭難事件をきっかけに、トルコ政府に招聘された文化研究員が村田だ。エフェンディとは、現地の言葉で“先生”の意。キリスト教徒の英国人・ディクソン夫人の営む下宿で、ドイツ人(キリスト教徒)のオットー、ギリシャ人(ギリシャ正教徒)のディミトリスとともに住まいを借りている。同居人はもう一人いて、トルコ人(回教徒)で奴隷身分のムハンマド。奴隷といっても誰に虐げられているわけでもないのだが、異教徒に囲まれて暮らす彼の融通のきかない敬虔さは物語に大きなアクセントを与える。――エフェンディ、あんたは真実を勉強するんだ。物語の冒頭で彼が告げるその言葉は、読者である私たちに向けられたものでもある気がする。

 人種のるつぼたるスタンブールを象徴するかのような下宿で、村田はときに不思議な現象に遭遇する。夜中に部屋の漆喰が光り、人に、羊に、馬に、土器に、さまざまに姿を変えていく。しだいに牝牛の角のように見えてきたそれは、どこか神聖なものとして下宿のなかに鎮座する。同胞から譲りうけた守り札をもちかえれば、稲荷神が牝牛と追いかけっこをはじめて下宿を揺らすし、エジプト帰りの山犬・アヌビス神は怪しい光を発して獣の咆哮がごとき震えであたりを満たす。この世界も全体、だだっ広い合同教会と承知しておくのがよろしかろう。とみずから独り言ちたとおり、神も人種もごたまぜになったその場所で村田が触れたのは、宗教や歴史、文化の溶かしきれぬ境界線をもちながら、それでも繋がろうとする人々の強くあたたかい想いだった。

 だが時代の波とともに戦禍は広がり、やがて下宿の人々に別れが訪れる。ほのぼのと、ときにおかしみをもって語られた異国情緒と異文化交流は一転、国家のありようや争わずにはいられない人間の悲しみへと変わっていく。

 ――私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない。

 ディミトリスの言葉と、そして生まれも信ずるものもバラバラな同居人たちを繋ぐ“なにか”の象徴だった鸚鵡の叫ぶ最後の言葉。そこに至るまでの過程を何度でも反芻し、心にとどめておきたくなる、そんな小説である。

文=立花もも

『村田エフェンディ滞土録』
著:梨木香歩
出版社:KADOKAWA