『最初に父が殺された』――少女の視点から回想するカンボジアで起こった大虐殺

社会

2018/3/12

『最初に父が殺された―あるカンボジア人少女の記憶―』(小林千枝子:訳/青土社)

 アンジェリーナ・ジョリー監督の長編ドラマ『最初に父が殺された』がNetflixで配信中だ。70年代のカンボジアを舞台にした、あまりにも過酷なストーリーが広く話題を呼んでいる。本作の配信に合わせ、原作本も再び翻訳し直された新装版として出版された。

『最初に父が殺された―あるカンボジア人少女の記憶―』(小林千枝子:訳/青土社)はアメリカでベストセラーとなったノンフィクションである。著者のルオン・ウンは地雷廃絶や人種差別問題に取り組む活動家だが、本書によって想像を絶する少女時代が明らかになった。ドラマの視聴者はもちろん、本書で初めてルオンの人生に触れる人も激しく心を揺さぶられることだろう。

 ルオンは1970年、カンボジアにあったクメール共和国の首都、プノンペンに生まれる。父は憲兵隊の隊長で、家庭は比較的裕福だった。愛情あふれる両親とたくさんの兄弟に囲まれ、ルオンの幼年期は穏やかに過ぎていく。

 状況が変わったのは1975年に入ってからだ。その年、武装組織クメール・ルージュの指導者ポル・ポトが政府軍との戦いに勝利し、政権を掌握する。ポル・ポトが目指したのは共産主義の名の下に全国民を「集団化」する国家だった。1976年、カンボジアは民主カンプチアに改名され、全国民はサハコーと呼ばれる集落へと強制移住させられていく。サハコーの住民は一切の私有財産を所有することが許されない。誰もが無名の労働力として国家に奉仕する、実質上の「収容所生活」が始まったのだ。

 ただし、当時は5歳だったルオンがこのようなカンボジアの激動を理解していたわけではない。本書はあくまで5歳の少女の一人称で、理由も分からず迫害されていく恐怖が綴られていく。クメール・ルージュの侵攻が始まり、ルオンたち一家はプノンペンの住み慣れた家を離れ、7日間にもわたる行進を強いられる。やっと辿り着いた村で待っていたのは強制労働の日々。食事はクメール・ルージュに管理されており、人々を飢えが襲う。無垢な少女だったルオンは当初こそ、衰弱した他人に話しかけるなど、疑問を隠せない。どうして何もしていない自分たちがこんな仕打ちを受けなければいけないのか? しかし、いつしか状況に打ちひしがれたルオンは無口で、心を閉ざした少女に変わっていく。

 一家にとって心の支えは父親だった。父親は逆境にも冷静に振る舞い、働き手として家族を守ってくれた。それでも彼は常に命の危険と隣り合わせだった。ポル・ポトは集団化を進めるうえで、知識層が邪魔だと考えていた。そのため、教師や医者、公務員や僧侶を無条件で処刑していたのだ。元憲兵である父親の素性が発覚すれば、死は免れない。一家は集落を転々としながら、どうにか命をつないでいく。

 ところがルオンが6歳になった年末、父親は兵士に呼び出されて二度と戻ってくることはなかった。ルオンはクメール・ルージュへの復讐心を隠そうとはしない。

憎しみが生命を持って動き出したかのように胃の中でのたうちまわり、次第に大きく膨らんでいく。父を戻してくれなかった神さまを憎む。私はまだ七歳にもなっていない子供だけれど、必ずポル・ポトを殺してやる。

 やがて家族とはなればなれになったルオンは憎しみを抱えたまま、クメール・ルージュの兵士教育を受けるようになる。ルオンの明るい少女時代は完全に奪われてしまった。そして、当時のカンボジアでルオンのような子供は決して珍しくはなかったのだ。

 本書は内戦と虐殺という歴史的な大事件を、無力な少女の記憶として語ることによって、読者に絶望や憎しみを共有させていく。権力が人間を物のように扱ったとき、悲劇は起こる。だとすれば、どんなに目を背けたくなっても、我々は本書を通してルオンの感情を受け止めなければいけない。

文=石塚就一