地下かつ地方な“アイドル小説”の新機軸!『地下にうごめく星』

文芸・カルチャー

2018/3/26

『地下にうごめく星』(渡辺優/集英社)

 アイドル戦国時代、と呼ばれるようになって久しい。その現象とシンクロして、物語カルチャーにおいてもアイドルを題材にした作品が数多く見受けられるようになった。小説分野で言えば、先日文庫化され巻末につんく♂の解説が掲載されていることも話題となった、直木賞作家・朝井リョウの『武道館』。桐野夏生の短篇「神様男」(『奴隷小説』収録)も、アイドルファンならば必読の一篇だ。

 小説すばる新人賞出身の新鋭・渡辺優は、第3作『地下にうごめく星』(集英社)でこの題材にチャレンジした。新しいアイドルグループの誕生というストーリーが軸となるのだが、彼女らの活動場所は「地下」かつ「地方」なのだ。すなわち、仙台で活動する地下アイドルの物語。

 一篇ごとに主人公=視点人物が替わる、連作短篇形式だ。第一章「リフト」の主人公は、40代半ばを過ぎた〈夏美〉。オフィス用品の会社に勤める独身の彼女は、自分の人生を楽しんでいる、と思っていた。唯一の不安は、友人から投げかけられた「喜びに飽きる」という感覚の到来だ。〈ある日突然、自分の幸せを喜べなくなったらどうしよう〉。そんな彼女がオタクの同僚に誘われ、たまたま地下アイドルのライブに足を運ぶ。初体験の現場ゆえに五感が研ぎすまされ、夏美の濃やかな描写が積み重ねられていった、その先で――。

〈リフト、モッシュ、コール。夏美の世界にもたらされたばかりの言葉たちが、ライトを反射し頭の中できらきらと光る。/ああ、これ、すごく楽しい。だって、/「みんな最高に可愛いよーー!」/夏美は叫んだ。〉

 その日から〈夏美〉は、他人を応援し、他人の喜びを共に喜び、他人の幸せを望む、アイドルオタクへと変貌を遂げる。“推し”の名前は〈カエデ〉だ。彼女のために、〈夏美〉は新しいアイドルグループを作りプロデュースまで買って出る。「好き」のパワーって、ものすごい。

 第二章「リミット」は、〈カエデ〉の視点からライブ当日が語られ、本当は宝塚歌劇団に入りたかったのに今は地下アイドルをやっている、彼女の半生が描き出される。その後の章では、〈夏美〉が立ち上げようとしているグループの候補者達に次々と視点がスイッチ。アイドルを応援する者、アイドルになった(けれど挫折した)者、アイドルに憧れる者……。

「憧れ」の物語であると同時に「諦め」の物語でもある本作は、終盤で意外な軌道を描く。「憧れ」よりも「諦め」の側に付くことが、大人になるということで……いやいやいや。そんな賢しらな思考をいかに振り切っていけるかが、人生を豊かにする極意なのだ。だってアイドルを好きになること、アイドルを本気で応援することに、実人生での具体的な利益はあるか? けれど、一度でも誰かを応援したことがあるならば分かる。それ自体が、幸せなのだ。

「地下」かつ「地方」という設定でアイドル小説の新機軸を打ち出す本作は、アイドル小説の真髄もばっちり兼ね備えている。他人の価値観なんかに左右されない、自分自身による自分自身のための幸福論の獲得、という点で。傑作です。

文=吉田大助