「レンタルでも、私は”家族”がほしい」――お金と引き換えにぬくもりを求め、少女はおにいちゃんをレンタルする

マンガ

更新日:2018/5/14

『レンタルおにいちゃん』(一色箱/スクウェア・エニックス)

『レンタルおにいちゃん』(一色箱/スクウェア・エニックス)と聞いて想像したのは、イケメンが現れておにいちゃん的な包容力に恋する話だった。そんな安易で俗まみれな己の感性を、1巻を読んですぐ恥じることになる。

 2年前、突然の交通事故で両親を失った小学生の叶美。何年生かは明記されていないがビジュアルからしておそらく4年生くらいだろう。少なくない遺産のおかげで生きていくのに困ることはない。優しく面倒見のいいお兄ちゃんがいれば、悲しみも静かに乗り越えていけるはずだった。だがおそらく高校生くらいだろうか、兄は両親の死後、突然豹変して部屋にこもりきり。笑わないどころか、叶美につらく冷たく当たるようになる。

 そんなとき、ひとり公園で泣いていた彼女は兄と雰囲気のよく似た男と出会うのだ。彼と結んだ“レンタルおにいちゃん”の契約は、孤独の海でおぼれかけていた少女にとって、無我夢中でつかんだ藁のようなものだった。

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 だがそもそも、見知らぬ“おにいちゃん”――慎(まこと)が提案したのは、かりそめの兄となることだけ。家族がらみで悲しい過去を抱えているらしい彼は、純粋に、叶美を助けたくて、兄代わりとしてそばにいることを申し出た。お金を払うと決めたのはほかならぬ叶美だ。無償で愛情を注いでくれる“おにいちゃん”と、どんなに心を尽くしても冷徹にふるまう“お兄ちゃん”。関係が長く続けば、叶美の愛情が前者に傾いていくことは自明だ。賢い彼女はそれをおそれた。お金を払うことであくまで慎は他人であり、依存してはならぬ相手とわりきり、“お兄ちゃん”の価値を守ろうとしたのだ。

 おにいちゃんへの想いが、お兄ちゃんへのそれを超えてしまわないように。兄を守るために少女はお金を払い続ける。けれど学校で「最近の家族の思い出」を発表するとき、叶美が読みあげたのは、慎と過ごしたまがいものの幸せだった。参観日に来てくれたのも、泥棒の濡れ衣をきせられたときに味方でいてくれたのも、お兄ちゃんではなく、レンタルおにいちゃんだった。兄を想うとき、叶美が反芻するのは2年以上前の記憶だ。だが、いつか元に戻ってくれることを期待して、兄に寄り添い続けていても、言葉をかわすたび絶望する。あたたかい記憶は彼方に薄れて消えていく。その穴が、たとえお金を払っていたとしてもいちばん近くて幸せな時間に埋められていくのはしごく当然のなりゆきだろう。誰も叶美を責められない。一人で耐えるには彼女の孤独も絶望も深すぎるのだから。それなのに他でもない本物の兄が、彼女が救われることを許さない。

 そうなると考えてしまうのは、家族とはなにか、ということだ。血がつながってさえいれば、それは守るべき存在となるのだろうか。かつて愛してくれた人は、永遠に、愛し続けなくてはいけないのだろうか。

 本物の兄と偽物の兄。絶望と希望のはざまで揺れる彼女を救う光はどこから射すのか。明かされる慎の過去とともに、2巻からも目が離せない。

文=立花もも