「あの時、こうしていれば」……取り返しのつかない過去への後悔から抜け出す方法

暮らし

2018/5/14

『過去と和解するための哲学』(山内志朗/大和書房)

 取り返しのつかない過去を、後悔していませんか?

「あの時、こうしていれば」「自分の気持ちを素直に伝えていれば」「私があんなことを言わなければ……」。後悔しても仕方がないことなのに、そのことによって、未だに苦しめられる。悪夢を見ている。……そんな「過去」と「和解」するためにはどうしたらいいのだろう?

『過去と和解するための哲学』(山内志朗/大和書房)は、「後悔の苦しみ」とどう向き合っていけばいいのか、哲学者として多数の著作を出版している著者が、丁寧に、時に専門的に、時にアニメや雑談のようなことも交えて、初めて哲学に触れる読者にも分かりやすいようにまとめられた一冊だ。

 本書は様々な角度から「過去と和解する方法」を述べている。

『エヴァンゲリオン』や『風の谷のナウシカ』など、「世界が終わった後の物語」を描いたアニメがなぜ作られ、それはなぜ人々に好まれるのか。

「最近の若いやつは空気が読めない」と、のたまうオジサンに苦言を呈したりだとか、『東海道四谷怪談』に出てくる「お岩さんの祟り」について語られる一話があったかと思えば、「政治や権力」について話題が及んだりする。

 最初読んだ時は、「過去との和解の話は……?」と、やや戸惑いながらも読み進めたのだが、最終的にすべてがつながる。「過去と和解」は、「一言では言えない複雑で難しいこと」なのだ。

 多岐にわたるテーマは、言わば過去と和解するための、ジグソーパズルのピースのようなもの。その小話自体も興味深く読めて面白いのだが、すべてが一つになり、最終的に読者は「過去との和解」を理解するのである(解決できるかは、また別の話になるのだが……)。

 さて、「過去との和解」はどうすればできるのか。

 私たちは「後悔していること」を何とかして「忘却しようとする」が、それは「和解」にはならない。不意に溢れ出して、より一層自分を苦しめる「記憶」となることもある。
「後悔」とは、「攻撃性の発露」だという。外に攻撃する材料がないので、自分を攻撃し始めるのだ。そんな「後悔」に、どうやって対処すればいいのだろうか。

 結論から言ってしまうと、「過去が現在の源流・起源であることを認識し、受け止めること」だという。

 ……これだけ書いても、多くの人が「?」だと思うので、もう少し詳しく説明しよう。

過去への後悔とは、存在の中にある以上必然的な過去からの残響に生じる存在の応答なのであり、〈いま・ここ〉を経由して、未来に流れていく響きなのである。

過去と和解するということは、未来の自分に約束をして、未来の自分が現在の自分を通して過去の自分に何かを送り届けることだ。

 ……お分かりいただけただろうか?(笑) ちょっと難しいと思う。

 この「過去との和解」の意味がスッと頭に入るために、本書はアニメや雑談、歴史の話を出したりしながら、講義を進めているのである。

 やり場のない後悔と向き合うのは、簡単なことではない。けれど、本書はじわじわと効いてくる「漢方薬」のように、あなたの助けとなってくれるのではないだろうか。

文=雨野裾