ネットで注文したモノが届かない…! 格差社会への警鐘を鳴らす『バルス』

文芸・カルチャー

2018/5/20

『バルス』(講談社)

『再生巨流』『ラストワンマイル』(ともに新潮社)といった作品で物流業界を描き、『ドッグファイト』(KADOKAWA)でグローバルなネット通販企業と日本物流会社の軋轢を取り上げ、社会派エンターテインメント小説として発表してきた楡周平。最新長編『バルス』(講談社)もまた現代日本の物流システムと深刻な社会問題を題材にしたハイパーリアルな小説だ。

 タイトルになっている「バルス」という言葉にアニメーション映画『天空の城ラピュタ』を思い起こす人は多いだろう。「バルス」は主人公たちがクライマックスで唱える有名な“滅びの呪文”だが、本作においてバルスとは、テロを仕掛けた人物が自称する名だ。そして、その者が滅ぼしたかった“世界”は、この現代の日本社会である。

 最初に物語の視点人物となるのは、一流大学に在籍しながら就職活動に全敗して就職浪人をすることになった百瀬陽一。世界最大のネット通販企業「スロット」で一時的に派遣として働くことになった彼は、そこに日本社会が直面する大きな“闇”を見る。豊富な商品を安価に販売し、配送料もかからず、翌日配送をも可能にしているスロットのサービスは、もはや社会インフラとして多くの人々の生活に必要不可欠なものになっている。しかし、それは生産性とコスト削減、効率をすべてに優先する経営方針によって使い捨てにされていく非正規労働者たちの犠牲によって成り立っていた。

 末端作業員の過酷な労働と極限まで発達した物流システムによって、あらゆる流通をネット通販に集約させようとするスロットの隆盛。それは貧富の差を押し広げる格差社会の象徴ともいえる存在でもあった。そこに“貧者のテロ”を仕掛けたのがバルスだった。誰でも真似できるような手法によって、スロットの血管ともいうべき宅配便を標的にしたテロを起こしたバルスは、物流網に大混乱を引き起こして経済活動に打撃を与え、社会そのものを機能不全に陥れる。模倣犯まで登場して混乱に拍車がかかる中、バルスは自らの犯行動機を明らかにして、社会にある要求を突きつける。それは、日本の非正規労働者が抱える怒りと鬱屈、閉塞した社会状況を打開する道を示すものだった――。

 綿密な取材とリサーチによって、実在の人物や企業をモデルにして優れたフィクションを構築してきた楡周平。本作に登場するスロットのモデルとなっている企業はもはやいうまでもないだろう。その非人道的な労働者の管理手法、現場の悲惨な労働環境も生々しいまでにリアルだ。そして、現在の日本社会はそうした非正規労働者の存在を前提にして成り立っていることもまぎれもない事実。本作では普段何気なく当たり前のものとして享受している便利なサービスの裏にある闇を改めて突きつけてくるが、誰もがその問題に目をつむってきたのである。

 非正規労働者の悲惨な待遇と格差の広がりは日本という国の存亡に関わる大きな問題となり、今この瞬間にも将来が見えない労働環境に絶望しか見出せない人たちがいる。本作に描かれているすべてが、私たちが生きる日本が直面する現実の問題なのだ。そして、それが解決されないまま向かうであろう破局の姿も暗示されている。しかし、そこで現実的な“回答”のひとつを提示するのも、楡周平作品ならではの面白さ。極めて同時代性の高い社会的なテーマをエンターテインメント性豊かに描き切り、そのストーリー展開を楽しみながら読者である自分もまた当事者のひとりであることをひしひしと感じさせてくれる作品だ。

文=橋富雅彦