ひとり暮らし、もう慣れましたか? ひとり寂しい夜のお供に谷川俊太郎のエッセイを

文芸・カルチャー

2018/5/24

『ひとり暮らし(新潮文庫)』(谷川俊太郎/新潮社)

 ひとり暮らしの夜は、ひろい宇宙を孤独に漂っているような気分になるときがあります。

 ひとりの夜はすてきです。そして苦しいです。重たくてどっしりと、それでいて、時にそんな時間がとてもいとしく感じます。

 この春からひとり暮らしを始めたひとはいますか?

 あなたのひとり暮らしは何年目ですか?

 かつて、ひとりで暮らしたことがありますか?

 大切なひとが、ひとり暮らしをしていますか?

 なんだかとっても切ない夜はありませんか?

 はじめての東京のワンルームは、暮らしを営むにはとってもせまく、でもたまに、途方もなくひろくなる夜があります。あたかもそこに宇宙が生まれているかのような。

 孤独な夜には、トモダチが必要です。それは音楽でも、小説でも、ウイスキーでも、悩みでも、思い出でもなんだっていいのです。孤独のなかにひかりが見えたり、孤独をいっしょに包んでくれたり、とりあえず朝がくるまで付き合ってくれたり。トモダチはすてきな存在です。

 僕が何年間かのひとり暮らしのなかで見つけた大切なトモダチを紹介させていただきます。

 まあ、その名のとおりの本なのですが。『ひとり暮らし(新潮文庫)』(谷川俊太郎/新潮社)という1冊が、僕のいちばんのトモダチです。

 谷川俊太郎さんの詩も好きなのですが、夜はエッセイがいいです。なだらかに流れる、生きる歓びが感じられるエッセイ集が好きです。

結婚式に出るのはつらい経験に違いない。その点、葬式には未来というものがないから何も心配する必要がない。未来を思って暗い気持ちになることはない。――「葬式考」より

 葬式とは本来、未来がない儀式でありそれが良いのに、最近の葬式はどこか未来志向になっていると嘆くこのエッセイ。詩人としての作者の人生観がにじみ出ていて、読んでいるだけでとても気分が楽になります。

恋する者はいつも相手のむこうに、相手を超えたなにものかを感じとっている。その奥行きが目をくらませる。だがそのくらんだ目が、ふだんは見えぬものを見る――「恋は大袈裟」より

「燃えるような恋心」を経験したことのある方なら、きっといたく共感してしまうのではないでしょうか。恋愛で視野が狭くなることは否定的に捉えられがちですが、そうならないと得られないようなものもきっと存在するはずなのです。

初めての恋愛をきっかけとして、母と離れることが出来たつもりでしたが、いわゆるマザー・コンプレックスからは自由ではなかった。女にあるいは妻に、私はいつもどこかで母性を求めていたと思います。――ことばめぐり:「母」より

 三度の離婚を経験している谷川さん。恋愛にまつわる話が非常におもしろいのです。自分のコンプレックスをしっかり認識してそれを包みこむ。こんなことができる大人になりたいものです。

 言わずと知れた、日本を代表する詩人、谷川俊太郎さん。彼はひろい世界から、普通なら見逃してしまいがちな、生きていることを感じられる特別な要素たちをつまみだす天才なのだと、僕は思うのです。

 ひとりの夜、そこに突如宇宙が現れる。そんな夜があるのです。それは悲しみの淵のようであったり、無限へのいざないであったり、自分を圧倒する何かであったり。そういうやつは、多くの場合、手に負えません。

 僕なんて、しょせん宇宙に圧倒されるだけで、まだその紐解きができない。そんなとき谷川俊太郎さんが、代わりに宇宙からなにかをつまみだしてくれます。それはとても安心するひとときなのです。

 ひとりの夜のトモダチを探しているあなたに、僕からのおすすめの1冊でした。そして、あの街でひとり暮らしをしている大切なひとへの贈りものとしても、とても良いのではないかと思うのです。

 それでは、おやすみなさい。すてきな夜を。

文=K(稲)