映画『あん』で多くの人の感動を呼んだドリアン助川。最新刊では、生きることの美しさと厳しさを描き出す!

文芸・カルチャー

2018/6/6

『カラスのジョンソン(ポプラ文庫)』(ドリアン助川/ポプラ社)

ジョンソンの記憶の始まりは、千々のきらめきと、葉のこすれる乾いた音だった

『カラスのジョンソン(ポプラ文庫)』(ドリアン助川/ポプラ社)冒頭部の一文だ。この物語は、まるで読み手が作品世界に対して目を開く瞬間を共有するように、カラスのジョンソンが誕生し、その世界を認識するシーンから始まる。

 カラスのジョンソンは、ヒマラヤ杉のこずえにかかるねぐらで生まれた。ジョンソンや彼のきょうだいは、親鳥に守られ、美しい自然に囲まれて育つ。朝焼けに燃える東の空、ヒマラヤ杉の葉を揺らす風、濃紺の闇にまたたく星。だが自然は、美しいだけのものではなかった。轟く雷、吹き荒れる嵐、幼鳥を狙ってヒマラヤ杉のまわりを旋回する、褐色の翼と太いくちばし、金色の目の見慣れない影。ある日、ジョンソンときょうだいは、親鳥不在のねぐらを、その褐色の影に襲われる。傷を負い、ねぐらから落ちたジョンソンを拾い上げたのは、タイル工場の清掃員をしている里津子──小学5年生の、陽一の母親だった。

 里津子と陽一は、団地の集合住宅で慎ましく暮らすふたりきりの親子だ。拾った幼鳥が自分で飛べるようになるまでという約束で、陽一はカラスにジョンソンという名前を与え、こっそりと飼い始める。

 しかし野鳥は、専門の許可がない限り、捕ることも拾うこともできないものだ。ましてカラスは、害鳥として駆除の対象になっている。親子は必死に傷ついたカラスの子供をかくまおうとするが、硬直的な団地の住人は、それをよしとしなかった。

 やがて、ジョンソンを隠しきれなくなった親子は、彼を野生に返すことになるのだが、それはジョンソンと親子、異なるふたつの立場の弱者が、都会の中で追い詰められていく過程での、最初の出来事に過ぎなかった。その後、ジョンソンは野生のカラスとして生きる厳しさにさらされ、親子は生活の困窮に苦しむことになる。

 都会のカラス・ジョンソンと、都会に暮らす里津子と陽一。身を寄せ合っていたものたちが迎える結末は、あまりにも切ない。だが、その圧倒的な現実を、ドリアン助川の筆は、あくまでファンタジーとして描き切る。

 ドリアン助川は、詩人でもある。洗練された文章は、実にスムーズに読み手を物語の世界へと誘いこむ。これまでも、映画化され、多くの人の感動を呼んだ『あん』(ポプラ社)など、比較的重いテーマをも軽妙に書いてきたドリアン助川だが、本作ではとくに、ポエティックで潔い描写が、美しい情景を立ち上がらせるとともに、壮大なテーマを読みやすく伝えることにひと役買っている。

 生の喜び、悲しみ、苦しみと儚さ。熟練の腕で紡がれる言葉を追ううちに、読み手の胸には、おのずと登場するものの見る光景が浮かび、その感情がしんと染みてくるだろう。

 本作は、フランスでも翻訳出版が決定しているという。他言語に翻訳されてなお豊かな感覚を伝える言葉と物語を、ぜひ体感してほしい。

文=三田ゆき