悪人を描く鬼才絵師・月岡芳年ってどんな人? 「月」をめぐる錦絵100枚がオールカラーで蘇る『画帖 月百姿』

文芸・カルチャー

2018/6/21

『画帖 月百姿』(双葉社スーパームック)

 東京・原宿の真ん中ですぐれた浮世絵コレクションが楽しめる太田記念美術館では、現在「江戸の悪 PART II」なる展覧会を開催中だ(~7/29まで)。展示されているのは、大泥棒やヤクザ者、悪代官など、江戸時代の庶民に親しまれた「悪人」ばかり。「悪人が親しまれるとは何事?」なんていうのは野暮な話で、実は江戸の庶民は悪人が大好きなのだ。

 たとえば歌舞伎では極悪人がヒーローの演目も珍しくない。むしろ悪い奴であればあるほど歓声があがったりするのだが、そんなダークヒーローが生まれたのも江戸時代。実際、江戸の町では世間を騒がせた大盗賊が市中引き回しになると、その姿を一目見ようと街道が群衆で埋め尽くされたとか。この展覧会ではそんな江戸の「悪好み」を、一流の絵師の筆でたっぷり楽しめるというわけだ。

 さて、この手のジャンルの錦絵を得意とした絵師といえば「月岡芳年」ははずせない。歌川国芳に師事し、江戸末期から明治にかけて活躍した芳年は、ドキッとするような凄惨な場面を、独特の色気のある風情で描く無惨絵を得意としたことから「血まみれ芳年」との異名を持つ絵師であり、江戸川乱歩や三島由紀夫が偏愛したことでも知られる。芳年というと、ついそうした無惨絵にばかり注目してしまうが、実はその画業は幅広く、歴史絵・美人画・風俗画・古典画・新聞挿絵とさまざまな方面で逸品を残す。西洋画の技法をいち早く取り入れるなど新しい画風の開拓にも積極的で、門下からは日本画や洋画で活躍する画家も多く輩出しており、近年はそうした多方面の活躍に対する再評価が著しい絵師でもある。

 このほど登場した『画帖 月百姿』(双葉社スーパームック)は、そんな芳年の多様性を鮮やかに見せつける一冊といえるだろう。芳年の死の直後に発行された同名の画帳を復刻したものだが、収録されているのは明治の錦絵界の第一人者となった芳年が、明治18年から明治25年に亡くなる直前まで手がけた「月百姿」という100枚の連作錦絵。本作はそれをムックという手にとりやすい仕様で、A4サイズのオールカラーで完全再現したという。

「月百姿」とは文字通り「月」をめぐる百の錦絵であり、「月」という共通のモチーフはあっても、歴史上の人物や古典作品の人物を描いたり、歌を題材にしたりと描かれる内容は実にさまざま。こうしてまとめて味わうことで、芳年という人の着想力と想像力、表現力の豊かさにあらためて驚かされる。

 そしてなんといっても、大胆な構図と色使い、緻密な筆が作り出すドラマチックな世界は圧巻。技の粋を注ぎ込んだ絵の数々はまるで動き出しそうな勢いで、凄みがありながら流麗なのも芳年流だ。よく「日本の漫画表現の源流に浮世絵がある」といわれるが、これらの作品をみればそんな説に大いに納得することだろう(「めちゃくちゃ絵のうまい劇画タッチの漫画家の作品」と思い込む人もいるかもしれない)。それほどモダンでカッコいいのだ。芳年好きはもちろん、未体験の方にこそ、この本でそんな芳年を「発見」してもらいたい。

(以下、絵を抜き出して紹介)

●「稲むらか崎の明けほのの月」(P40)

『画帖 月百姿』(双葉社)より

師匠・歌川国芳譲りと芳年の武者絵の評価は高いが、本書では多くの武者絵も楽しめる。この絵は『太平記』の一場面から、鎌倉幕府打倒の願をかけ太刀を海に投じる瞬間の新田義貞をドラマチックに描き出す。

●「月下の斥候 斎藤利三」(P8)

『画帖 月百姿』(双葉社)より

本能寺の変で織田信長を倒した後、羽柴秀吉の軍勢と戦うことになる明智光秀。この絵はその重臣が、決戦の前夜に秀吉軍を偵察する光景を描いたもの。緊張感ある静けさの中に悲しみが漂う。大胆な構図も印象的。

●「名月や畳の上に松の影 其角」(P5)

『画帖 月百姿』(双葉社)より

いかにも「浮世絵」らしい風流な美人画もさまざまに楽しめる。この絵は芭蕉門下の其角の句を題材に、月あかり、畳に浮き上がった松の影で間接的に月を表現したもの。

●「垣間見の月 かほよ」(P42)

『画帖 月百姿』(双葉社)より

塩谷高貞の妻・顔世に思いを寄せる高師直が、顔世の風呂上がりの姿を覗き見して、ますます入れ込むことになったという『太平記』のエピソードによる。本書の中でもっとも艶っぽい一枚。

文=荒井理恵