地方創生の先駆者! 「熱海」の奇跡はどのようにして生まれたか?

社会

2018/6/24

『熱海の奇跡』(市来広一郎/東洋経済新報社)

「地方創生」が全国各地で叫ばれる一方で、そのために具体的に何をしなければならないのかをきちんとわかっていない地方都市が数多く存在する。観光資源を生かすために柔軟な発想をしろと言われても、まったく新しい発想は急に天から舞い降りてくるものではない。それに予算、人員、リスクといったさまざまな要因が絡み合って、行政当局や民間企業連合、商工会などがなかなか身動きを取れずにいるのもまた現状である。

 そんな中で、いまじわじわと衰退からの復活の兆しをみせている地方都市がある。それは「熱海」だ。実際に2017年に観光庁が発行した観光白書の中にも、地方創生の先駆者として熱海市が取り上げられている。2011年には264万人だった観光客が2015年には308万人へと20%以上も増加したのである。

 熱海が巻き起こしたこの奇跡の要因とはいったい何なのだろうか。本稿では地方創生のサクセスストーリーでもある『熱海の奇跡』(市来広一郎/東洋経済新報社)を参照しながら、なぜ観光地が衰退していったのか、そしてなぜ熱海はいま復活の途上にあるのかをみていこう。

■観光地に求められるものが変わった

 地方都市、特に熱海のように高度経済成長期からバブル期にかけて観光客が押し寄せた温泉観光地はなぜ急速に衰退してしまったのだろうか。本書によれば、それは人々が観光に求めるものが変わったからだという。

 1960年代には熱海や伊東、修善寺などの温泉観光地にやってくる旅行客の多くは、首都圏の企業の慰安旅行客、すなわち団体の旅行客だった。このような旅行客はたいてい宿泊先の旅館やホテルで完結する旅行の楽しみ方をしていたのである。多くの人が、新幹線で熱海につくと旅館に行って温泉に入り、そのまま料理を食べて2次会のカラオケを楽しんだのだ。そしてそのまま、その旅館に泊まって次の日には熱海駅から新幹線に乗って首都圏に戻っていったのだという。

 ところが21世紀にはいると、観光地に求められるようになったのは、従来の旅館・ホテル完結型の観光ではなく、旅行先でさまざまな体験ができるような観光のスタイルだという。いまの観光客は日常にはない新しい体験を求めているから、旅館やホテルの魅力ではなく街そのものの魅力が必要となってきているのである。

■地元の人が地元の魅力を知らない

 街そのものの魅力が求められる時代になったということは、地元の人がちからを合わせて街の魅力を発信していけばいいではないか、と考える方も多いだろう。しかしここで新たな問題が生じるのである。地元の人のほとんどが地元の魅力を知らないのだ。「熱海にはなんにもない」とみなが口をそろえて言うのである。観光客のほうが「熱海には起雲閣とか初島とかあるじゃないですか」と反論すると、地元の人は「そんなところへ行ってもねえ…」となる始末。本書の著者である市来氏はこの一連の話を聞いて非常にショックを受けたそう。

 これは熱海に限らず、日本全国の地方都市に共通することではないだろうか。わたしもかつて実家のある鹿児島の魅力を祖母に尋ねたところ、「鹿児島には何にもない」といわれたのを覚えています。有名どころでも桜島、仙厳園、指宿温泉、屋久島などがあるのに…。

 とにかく街の魅力を発信していくためには、まず地元の人が街の魅力に気づくという過程を経なければならないのだ。熱海では行政や民間、ボランティアがちからを合わせてこのことに取り組み始めたがゆえに、復活の兆しを見せているといえるのではないだろうか。

 熱海の場合には、行政だけが、あるいは民間だけが努力するのではなく、その街にかかわるすべての人がちからを合わせることで観光地として再出発することができた。すべての地方都市が熱海と同じ手法で地方都市として復活するということは、必ずしもいえるわけではないが本書の内容は大いに参考になるはずだ。地方創生や観光地の復活に興味・関心のある方には特に読んでもらいたい1冊だ。

文=ムラカミ ハヤト