アマゾンが敢えて“リアル店舗”を作る理由は? 小売業界再生のシナリオ

ビジネス

2018/6/26

『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(ダグ・スティーブンス:著、斎藤栄一郎:訳/プレジデント社)

 今年の3月、アメリカのトイザらスが全店舗を閉店・売却することが報道され、日本でも衝撃が走った。経営破綻の原因といわれているのは、やはりアマゾンをはじめとするネット通販の影響。このニュースは、消費の中心が小売からネット通販へ切り替わっていく時代の変化の象徴にも思えてしまう。しかし、『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(ダグ・スティーブンス:著、斎藤栄一郎:訳/プレジデント社)は、小売の未来を「サングラスが必要なほど明るい」とまで表現する。小売は、今のままの形では苦境を逃れることはできない。だが、消費者に革新的な体験を提供する「メディア」になることができれば、生き残ることができるどころか、大きな成功を収めることも可能だというのだ。

■急速に進化するネット通販では得ることができない特別な体験とは?

 本書の前半では、「まずは敵を知れ」とばかりに、ネット通販事業者たちがAI(人工知能)、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)といった最新のテクノロジーを活用していかに顧客を引き付けているか、さらにこれからどんな変化が起こるかといったことが語られる。最近よくCMが流れている「Amazon Echo」などのスマートスピーカーもその一端だ。ユーザーは、こうした「デジタルアシスタント」に話しかけるだけで、ネット通販で商品を注文することができる。将来的にはこうしたcコマース(対話型コマース)が当たり前になり、生活のさまざまな要素から潜在的なニーズを予測し、ユーザーに提案してくれるようになるという。これだけ聞くと、わざわざ店舗に足を運んで買い物をする人はいなくなってしまいそうだ。

 しかし、買い物の楽しみは「欲しい商品を最安値で買うこと」だけではない。私たちは、買い物を通して得られる思いがけない発見や驚き、喜びも求めている。なんとなくふらっと入ってみたお店で自分にぴったりのグッズを見つけたり、評判を調べずに“ジャケ買い”したマンガがとてもおもしろかったりしたときのうれしさを、AIのおすすめで再現することはできない。また、新型iPhoneの発売日にアップルストアに行列ができる…というような、現実世界で人が集まることで生まれる“熱狂”も、ネット上で作り上げることはむずかしいだろう。

■リアル店舗が生き残るために必要なサービスとは?

 当のEC最大手であるアマゾンも、書店やコンビニなどのリアル店舗を出店し始めた。著者によれば、アマゾンのリアル店舗の役割は、その場で商品を売ることではない。「Amazon Echo」や「Kindle」といったアマゾンのサービスを利用するためのデジタル機器を、顧客が直接触って体験できる場を提供しているのだ。すなわち、アマゾンのリアル店舗は、その先にある巨大なアマゾン王国への入り口なのである。

 こうしたリアル店舗が創り出す「体験」にこそ、小売のチャンスがあるという。著者はこうした事例を踏まえたうえで、“リアル店舗はメディアになる”と主張する。その目標は以下の3つだ。

・身体的な関わり合いや五感に訴えるさまざまな働きかけを通じて、魅力ある明確なブランド・ストーリーを伝える
・没入型の環境で実際に身体を動かして製品を体験できる機会を提供する
・客の話を聞きながら、製品、サービス、別の購入候補などを網羅するブランドのエコシステム全体に誘う入り口の役割を担う

 著者は最後に、現在行われている先進的なリアル店舗の取り組みや、イノベーションを生み出すための考え方を幅広く紹介している。これから“脱皮”が行われる小売業界に、「こうすれば成功する」という明快で短絡的なルールは存在しない。しかし、本書には、次の新しい時代について考えるための材料が豊富に揃っているはずだ。

文=中川 凌