窪塚洋介が、あの出来事の裏側を激白⁉ 「オワコン」なんかじゃない、わりと無敵な「今」‼

エンタメ

2018/6/30

『コドナの言葉』(窪塚洋介/NORTH VILLAGE・サンクチュアリ出版)

 2017年1月に公開され話題となった映画『沈黙』(マーティン・スコセッシ:監督、遠藤周作:原作/KADOKAWA配給)。隠れキリシタン弾圧下の長崎県島原を舞台に、来日した宣教師たちとキリシタン島民たちの苦悩を描いたこの作品で、ひときわ個性を放つ隠れキリシタン島民、キチジローを演じたのが、窪塚洋介氏だった。

 最新エッセイ『コドナの言葉』(NORTH VILLAGE・サンクチュアリ出版)で窪塚氏は、自身が敬愛していたスコセッシ監督の映画に出演できた喜びをこう記している。

 選んでくれて嬉しかった。
 心底嬉しかったというのが率直な感想かな。
 自分がやってきた、
 信じてきたやり方で、
 自分のスタイルが通用した。みたいな。
 しかも、テッペンの人に。
 世界に。
(芝居/役者/俳優/#沈黙 より)

 本書は、15歳で芸能事務所に所属した当時から、現在までを振り返り、当時、そして現在の心境を明かしたエッセイだ。

 スタイリッシュな写真(RYO SAITO氏)とリアリズムとキッチュさがほど良くブレンドされた絵(Paitoon Singkham氏)が効果的に使われたレイアウトの中に、多すぎず、少なすぎずの粒よりの、“コドナ”の言葉たちが並べられている。

 世間知らずのコドモではいられないが、世間に迎合し、夢を奪われたオトナにもなりたくない、そんなコドナが発信する言葉を本書より、いくつか紹介しよう。

 昨日よりも今日。
 今日より明日。
 俺はいつも最前線。
 全盛期はいつもこの先。

 ていうか、「今」を生きている。
(EPISODE#0まだなんもはじまってねーし より)

 本書冒頭、「窪塚はオワコン(※1)」「全盛期はスゴかった」などのコメントを挙げ、「他人の全盛期を勝手に決めるな。バカヤロウ」と反論する窪塚氏。続いて綴られるのが、全盛期は常に「今」を生きることの先にあるもの、という自身の信条にして、読者へのメッセージとも思える上記の言葉である。

「今」は、窪塚氏が最も大切にする瞬間だ。こんな言葉もある。

 この世界の何処でもない、
 「いま・ここ」
 が世界の真ん中で、
 運命の場所。
 目の前にいる君が俺の運命の人。
 いつもそう。
(NOWHERE/NOW HERE いま・ここ より)

 窪塚氏といえば、2004年に発生した、マンション9階からの転落をどうしても思い起こさせる。一時重体になるものの、奇跡的に一命を取り留めた。

 この出来事に触れた「EPISODE#9 やり直し/転機/#9階」から、いくつか言葉を抜粋してみよう。

あれが何か、
ターニングポイントだったっていうか。
あ、これもう信じ抜くしかねえな。って。

あん時、

マンションの目の前のコンビニに行こうとしたんだけど、
エレベーターに乗って降りるというプロセスを
すっ飛ばしちゃったんだよね。多分(笑)。

落ちたんじゃなくて、思いっきし跳んでたみたいよ。
(中略)
まぁとにかく、全然覚えていない。

(前略)
本当の自分の人生が始まった。
文字通り、飛び込んだんだね。
自分の本当の人生に。

 本書には、病院で他者からの言葉で我に返り、自分がしたことを思い出し、恐怖に震えたことも記されている。

 神試しとも思えるようなマンション9階からのジャンプ。現在の心境をこう語る。

 天を疑わないし、天に預ける。
 使命が終わったら、勝手に召し上げてって感じ。

 映画『沈黙』で神は、踏み絵を拒み処刑されていく隠れキリシタンたちを、黙って見守った。窪塚氏演じるキチジローは、踏み絵を踏むことで命を繋いだ。

 ここに神の真実があるなら、個人の意志をただひたすら忠実に尊重することが、神の役目ということになる。窪塚氏のリアルライフでの命が繋がったのも、生きる意志が尊重された結果なのか。

 病、事故、戦争、天災。それらがなぜ起こるのか? 「天はすべて見ている」と題した言葉の最後を、窪塚氏はこう締めくくっている。

 魂を成長させる為ですよ。
 ギフトですよ、
 ギ・フ・ト。

 本書では、他にも卍LINE名義でのラッパー、シンガー、ミュージシャンとしての活動を振り返る窪塚氏。「わりと無敵な存在」となったコドナからの言葉たちを、ぜひ、本書でチェックしてみてほしい。

※オワコン=ネットスラング。「終わったコンテンツ」で人気・ブームの去ったアニメ、マンガ、商品、サービスなどを揶揄した言葉。

文=ソラアキラ