「幅1メートル×長さ8キロ」の福島県って!? 日本各地に存在する、複雑怪奇な県境…

暮らし

2018/7/26

『ふしぎな県境 – 歩ける、またげる、愉しめる』(西村まさゆき/中央公論新社)

 ありとあらゆるものに「マニア」は存在する。ただ、さすがに「県境マニア」がいるとは知らなかった。しかし、都道府県の境目である県境を訪問し、記念写真を撮り、「もっと面白い県境はないか」と日々リサーチする人々は増えているらしい。そして、そんな県境マニアの活動を掘り下げていくと、意外にも「これは楽しいのではないか?」と思えてくるから不思議だ。

『ふしぎな県境 – 歩ける、またげる、愉しめる』(西村まさゆき/中央公論新社)はライターとして地図や地理についての記事を執筆し続けている著者による県境の紀行文である。そもそも「県境って何が面白いの?」と疑問に思っている人も、著者が語る県境の奥深さには引き込まれるはずだ。ただ、身内ですらときには呆れかえってしまうというほどの著者の県境に注ぐパワーには、置いてけぼりをくらわないようにご注意を!

 本書で紹介され、実際に著者が足を運んだ「県境」は、まず「形」が奇抜だ。たとえば、「飛び地」と呼ばれる地理がある。普通の県境は都道府県が接した部分にできるものだが、「飛び地」は県の中に別の県の一部が存在しているという特殊な状況だ(池の飛び石を連想してもらうとわかりやすい)。そして、飛び地がいくつもある場所をカーナビ付きの自動車で走らせるとどうなるだろう? 当然、カーナビの音声案内が何度も「ポーン、○○県に入りました」と繰り返すはずだ。そこで、著者は東京都町田市と神奈川県相模原市の県境に赴き、実際に車を走らせてみるのである。なんという着眼点! バイタリティ!

 本書中、もっとも過酷な旅路になった県境は、間違いなく飯豊山の山頂だろう。福島県と山形県、新潟県の間に細長く続く「盲腸県境(著者命名)」がある場所だ。「福島県をまたいで山形県と新潟県に片足ずつのせたい」という願望をかなえるため、著者は標高2000メートルを超える登山に挑む。もはや「県境紀行」というより、「登山記録」に近い章だ。

 ただ、もちろんすべての県境が奇抜な形状をしているわけではない。近鉄京都線、高の原駅の横にある「イオンモール高の原」では、ショッピングモール内部に京都府と奈良県の県境がある。2015年には県境を示す線がゴージャスになったとはいえ、著者が取材をした2011年にはあっさりとした線が引かれているだけだった。そのほか、道路の色が変わっているだけの県境、まったくなんの装飾もなされていない県境も少なくない。

 しかし、著者は、

この、なんの代わり映えもしない県境から、石川県、福井県がそれぞれ広大に広がっているのだ……と考えるとちょっとロマンを感じてしまう。

 と感慨深げだ。もはや、どんな県境でも等しく愛しいのだろう。「無償の愛」といっていいかもしれない。

 そのほか、県境にまつわるイベントも著者は取材している。長野県飯田市と静岡県浜松市は、毎年10月末に県境の兵越峠で「峠の国盗り綱引き合戦」というお祭りを行うのが恒例だ。信州軍(長野県)と遠州軍(静岡県)が綱引きを行い、勝った側の県が負けた側に1メートルだけ「国境」を動かし、領土を広げるのである。大昔は国境のために、大名同士で本物の戦を行っていたわけだが、現在では仲のいい地域同士だからこそできる「真剣勝負」として、県境マニアから注目されている。

 著者はどうしてこんなにも県境に惹かれるのだろう? それは、県境からそこに住む人々の歴史が見て取れるからである。

境界線は、そこに境界を引く必要があって初めて引かれるものだ。そういった人の営みを、何十年、何百年と積み重ねてきて、その形になっている。いわば、境界線はその土地の歴史が刻み込まれた、記念碑でもある。

 著者の「境界線」への愛はついに日本を飛び出し、現在は「国境」をめぐっているらしい。そちらの旅も、いつか本で読んでみたいものだ。

文=石塚就一