介護は本当にブラック? 老人ホームを知り尽くす男が語る業界の真実

社会

2018/8/6

『誰も書かなかった老人ホーム』(小嶋勝利/祥伝社)

 介護業界といえば、「賃金が安い」「人間関係が崩壊している」「職員が老人を虐待している」など、悪いウワサしか聞かない。「ブラック」という言葉がふさわしい業界だ。

 ……というのは、私たち一般人がマスメディアなどから聞いた話を受けて、勝手に膨らませたイメージではないだろうか。この目で実際に確認したわけではないのに、それが真実といえるかどうかは怪しい。

 いやいや、しかし実際にブラックな一面を見たこと・体験したことがある人もいるだろうし、ご両親を介護施設に託して散々な目に遭った人もいるはず。介護業界とは、老人ホームとは、いったいどんなものか。どこに真実があるのか。

『誰も書かなかった老人ホーム』(小嶋勝利/祥伝社)は、様々な施設で勤務した経験から数多くの講演を行う、介護業界を知り尽くした小嶋勝利さんが、この業界の本当の姿を記した1冊だ。

 この目で見て体験したわけではないので100%信用できるわけではないが、本書の詳細な記述を読む限り、小嶋さんの語ることは信頼度が高いと感じる。

 そのすべてをご紹介できないので、本書からいくつかピックアップして並べたい。

■老人ホームには多くの「流派」が存在する

 実は老人ホームごとに、介護理念や介護方針をベースにして決まった「流派」が存在する。それがそのまま入居者に提供される「介護スタイル」になる。

 しかしホーム長などの責任者が職場を正しく仕切れなかった場合、現場職員たちそれぞれが独自の「流派」で動いてしまう。職員たちには、自分なりの介護スタイルで入居者たちの世話をしたいという想い(=こだわり)があるので、それをコントロールできなくなると「流派」同士で争いが生まれる。

「介護現場の人間関係が崩壊している」という根本には、責任者がコントロールできなかった職員たちの熱き「流派」の暴走が一因としてあるようだ。

■入居者に合った老人ホームを選ぶ方法

 高級老人ホームでは「手厚い介護」が約束されている。どうせ介護施設にお世話になるならば、高級老人ホームに行きたいと感じるところだが、実際は違うかもしれない。

「手厚い介護」とは、職員の数が多く質が高いことだ。個室でくつろいでいるところに、「何かお手伝いできることはありますか?」「ご気分はいかがですか?」など、ひっきりなしに職員が訪問してくる。これを喜ぶ人もいるだろう。しかしなかには「ほっといてくれ!」「プライバシーをなんだと思っているんだ!」と怒る人もいるだろう。

 だから決して介護施設の売り文句やネットの口コミに頼らないこと。ネット上に書かれた良さげな口コミは、入居者には不快かもしれない。「手厚い介護」が必ずしも良いとは限らない。

 一番良い方法は、入居者に合ったホームを選んでくれる「老人ホーム紹介センター」を頼ることだそうだ。老人ホームとは、入居者の終の住処。本人の意見を尊重しながら慎重に選ぼう。

■介護職員の賃金は安いのか?

 介護職員の賃金が安いという話をよく聞く。本書によるとその理由の多くは、「介護リーダー」や「介護主任」などの昇進を自ら断っているせいだとか。このクラスになると月収30万円、さらに「ホーム長」などに昇進すると年収500万円から1000万円まで、一定の賃金が約束されているのだ(悪徳経営は除く)。

 しかしこの昇進を断り続けると、微々たる昇給しかない。なぜ昇進を断る人がいるのかに関しては、「上の役職に就くと仕事が大変」「個人的な事情で上に行けない人もいる」などの言及にとどまっているが、「介護職員の賃金が安い」という現実には様々な裏事情があるようだ。

■高齢者の暴力に苦しむ介護職員

 昨今、老人ホームでの虐待が問題になっている。この裏には、入居者による暴力や暴言も関係しているかもしれない。

 本書によると「入浴」を嫌う入居者が多く、なかには何週間も風呂に入らない人もいるそうだ。もし職員が「入浴しましょう」と言おうものならば、頭ごなしに怒鳴りつけ、殴る・蹴るといった暴力を働くこともある。挙げ句の果てに、それでも入浴させようものならば「虐待だ!」と言われてしまう。

 また、職員を奴隷や性風俗のように扱う入居者もいるそうだ。「お湯が熱い!」「そのこすり方はなんだ!」などの細かすぎる要求を強要し、わざと股間を洗わせ(男女限らず)、気に食わなければやっぱり殴る・蹴るを繰り返す。

 いくら高齢者で脳のコントロール機能が落ちているとはいえ、これが毎日続くと精神的に参ってしまう。「入浴」に参って体調を崩したり退職したりする職員が数多くいるのだ。

 このため、追い詰められた一部の職員たちが暴力を振るってしまうこともあるのではないか、と小嶋さんは考察する。もちろん虐待は許される行為ではない。しかし介護職員の大半が、感情のコントロールができない高齢者と闘い続けていることも理解してほしい。

■高齢の母親が息子のために泣きながら訴えたこと

 ちなみにここまでの内容は本書の一部だ。この他にも、好かれる入居者と嫌われる入居者の違い、クレームをつける家族がいる入居者は審査で落とされる、介護とお金の話、介護保険制度のせいで複雑に崩壊する老人ホームなど、マスメディアからでは得られない量の情報が本書に書かれている。

 最後に、ここまでの内容と趣旨がずれるが、本書にあるこんなエピソードをご紹介して記事を終わりにしたい。

 これは小嶋さんが職員として働いていたときの体験談だ。あるとき、先天性の障害のある男性が入居してきた。まだ高齢ではなかったが、食事も排泄も自力でできない要介護5であるため、やむを得ず老人ホームに入ったのだ。彼の身元引受人は、高齢の母親。「私が死んだ後もこの子をどうかよろしくお願いします」が口癖だった。

 ある日、介護保険制度が始まり老人ホームのサービス化の流れで、入居者のことを「様付け」で呼ぶよう会社から指示があった。彼は職員たちから「○○ちゃん」とあだ名で呼ばれていたのだが、その日から名字で「○○様」と呼ばれた。

 ところが、毎日のように彼の様子を見に来ていた母親は、このよそよそしく他人行儀な接し方を見て、血相を変えて事務室に飛んできた。

「○○にとって、ここは自宅。そして、皆さんは家族だと思っています。だから、今まで通り○○と呼んでください。そのほうが○○も喜びます。どうかお願います」

 目に大粒の涙をためて、泣きながら「様付けはやめてください」と訴えたのだ。この高齢の母親の悲壮な訴えを聞いて、職員一同は直ちに呼び方を元に戻した。

 老人ホームは入居者にとって大切な居場所。そしてそこで働く職員には心がある。彼らは決してロボットでも迷惑な存在でもない。感情の揺れ動く人間だ。

 だからこそ様々な問題が起きるのだろう。しかしそれをいい加減な感情論や聞きかじった印象で批判してはいけない。老人ホームの問題を語るならば、まずは何が真実なのかを見極めなければならない。

文=いのうえゆきひろ