好き嫌いはどうやって決まる? 人間の好き嫌いを左右する仕組みを大解剖

スポーツ・科学

2018/7/29

『好き嫌い―行動科学最大の謎―』(トム・ヴァンダービルト:著、桃井緑美子:訳/早川書房)

 あなたの好きなものを思い浮かべてほしい。食べ物でも、映画でも、本でもいい。それは、あなたが「他人と違うこと」を証明するものでもある。だが、「なぜそれを好きなのか」を言葉できちんと説明することはできるだろうか?

 インターネットが発達した現代、私たちは、ほとんど無制限に食べ物、映画、本などの情報へとアクセスすることができる。無数に存在するコンテンツの中から、何をもってそれらを「好き」だと言って選択しているのだろう? 『好き嫌い―行動科学最大の謎―』(トム・ヴァンダービルト:著、桃井緑美子:訳/早川書房)は、これまでは「説明できない」と言われてきた「好き」と「嫌い」のメカニズムに、心理学や社会学、行動経済学といった学問や、さらにネットフリックスやスポティファイなどのテクノロジーから迫る野心作だ。本書を読み進めていくと、自分の中でゆるぎないと思っていた「好き」という判断に、いかに周囲の外部要素が影響を与えているのかが鮮やかにみえてくる。

■好みは「学習するもの」である

“単純接触効果”というものがある。心理学者のロバート・B・ザイアンスは、1968年に発表した論文の中で「ある刺激に繰り返しさらされるだけで、刺激に対する態度に変化が生じるに十分である」と述べている。その後の研究の結果、これは食べ物などの嗜好においてもあてはまることがわかっている。つまり、私たちは、ある食べ物を繰り返し食べたり、ある音楽を繰り返し聴いたりすることで、その対象を好きになることがあるのだ。

「学生時代に聴いていたバンドがいちばん好き」という現象にも、この“単純接触効果”が影響を与えている可能性があるという。だが、これだけでは、私たちの好みが変化する理由を説明することはできない。著者によれば、私たちは接触による「なじみ深さ」に弱い一方で、移り変わる最新のファッションを追うように、同時に「目新しさ」も切望しているのだ。なじみ深さと目新しさ。私たちは、この相反するふたつの要素の中間――“どこか古いものを思わせる、新しいもの”を求めているのだ。

■ユーザーのレビュー評価は、どれくらいの信用性があるか

 先日、動画配信サービス「ネットフリックス」は、ユーザーによるレビュー機能を段階的に廃止することを発表した。私はこれを聞いて「ユーザーはきっとレビューを参考にしているはずなのに、どうしてだろう?」と思ったのだが、本書にその理由の一端が示されていた。著者が取材をしたネットフリックスの担当者によると、ユーザーが自己申告制で行う“評価”と、彼らが実際にとる“行動”との間には乖離があるのだという。その理由は、ユーザーの評価には「自分はこういう人間だ」と思いたいという“願望”が含まれているからだ。つまり、重厚な社会派作品を楽しむ自分でありたいと考えていても、実際によく視聴しているのは大衆的なヒーローもの…といったことが往々にしてあるのだ。それゆえに、ネットフリックスは、ユーザーのデータを分析する際に、“評価(願望)”よりも視聴履歴などの“行動”を追跡しているそうだ。ユーザーが自分を表現しようとする評価(好き嫌いの表明)よりも、実際にどんな言葉で映画を検索し、どの映画をどれくらい見ているかといった行動のほうが、ビジネスにとってよりリアルなフィードバックになるのだという。

 こうした事例を数々読んでいると、だんだんと自分の中の「好き」と「嫌い」が疑わしいもののように思えてこないだろうか? 本書では他にも「青色はなぜ多くの人に好まれるのか」「本が受賞するとどうしてアマゾンのレビュー評価が下がるのか」「食通の人よりも食べ物にこだわらない人のほうが幸せか」など、さまざまな視点や場面における人間の「好き」と「嫌い」の問題に切り込んでいく。自分の中の「好き」には相当のこだわりがあると考えている人にとっても、本書で語られる理論は共感と発見の連続になるはずだ。

文=中川 凌