ブラックボランティア――東京五輪のボランティアは未曾有の「やりがい搾取」?

社会

2018/8/18

『ブラックボランティア』(本間 龍/KADOKAWA)

 今夏ですでに開催まで2年を切った2020年の東京オリンピック・パラリンピック。56年ぶりの自国開催夏季オリンピックということもあってメディアでも盛んに競技やアスリートについて紹介されており、オリンピックに向けたムードが高まっているのを皆さんも感じているのではないだろうか。

 そんなお祭りムードとは対照的に、2020東京オリンピックにはエンブレム盗用問題、新国立競技場建設をめぐる問題、暴騰し続ける開催費用などの諸問題が続発した。そのなかでも見逃せないボランティアをめぐる問題に鋭く切り込んでいるのが、『ブラックボランティア』(本間 龍/KADOKAWA)だ。東京オリンピックのボランティアには、いったいどんな問題があるのか? ここでは本書の指摘から一部を紹介したいと思う。

■東京オリンピックはスポンサー収入4000億円以上の営利的な商業イベント

 オリンピックに企業スポンサーがつき、プロアスリートが選手として競技に出場する。近年これはごく当たり前のことで、特に疑問を抱く人も少ないかもしれない。オリンピックが商業主義に大きく舵を切ったのは1984年ロサンゼルス大会のこと。その結果、国や都市が主体となり税金を予算として開催する形態は過去のものとなり、スポンサーから提供される資金と多額な放映権料などを予算として大会を開催・運営する現在のスタイルが確立されてきた。

 2020東京オリンピックの状況について、本書は以下のように指摘している。

最高ランクのスポンサーであるワールドワイドパートナーは13社(18年5月現在)。これらの企業は、各々5年間で約500億円のスポンサー料を拠出すると言われ、つまり、IOCは五輪がない年でも最低1000億円以上の資金を有しているのだ。IOC委員は全世界で100人しかいないから、どれだけの金満組織か想像に難くない

IOCと直接契約するワールドワイドパートナーの次のランクが、各国内の五輪委員会と契約するオリンピックパートナーである。次回の東京大会では上からゴールドパートナー、オフィシャルパートナー、オフィシャルサポーターという3つのランクに分けられており、18年6月現在でそれぞれゴールド15社、パートナー30社、サポーター5社の計50社となっている。その契約金は明らかにされていないが、ゴールドは150億円、パートナーは60億円程度と推測されている。つまり、50社で4000億円以上の協賛金を集めていると考えられるのだ

 ニュースや新聞では税金拠出や資金不足について報道されているが、こうした数字を知ると、それを言葉どおりに信じてよいのか疑問が残る。

15年4月14日の日経新聞によれば、08年北京大会の国内スポンサー収入は当時の為替レートで約1460億円であり、14年ソチ冬季大会は約1560億円だったとされている

 北京やソチの数字と比較すると、東京オリンピックの4000億円という規模がいかに大きなものかがわかるからだ。そして、本書がテーマとして取り上げるのが、こんな大商業イベントのボランティアが無償だという問題だ。

■東京オリンピックのボランティアは「やりがい搾取」?

 2018年3月、東京オリンピック組織委員会が大会実施に必要だと発表したボランティアの数は、延べ11万人(組織委員会が募集する大会ボランティア8万人+東京都オリンピック・パラリンピック準備局が募集する都市ボランティア3万人)。

 このうち大会ボランティア募集要項の主な内容は以下のとおりだ。

・1日8時間、10日以上従事できる人(18年6月11日に5日以上に変更)
・本番までに行われる研修に参加できる人
を参加条件とし、組織委から給付するのは制服と食事(1日1食との報道もある)のみで、
・会場までの交通費は自己負担
・遠方から参加の場合の宿泊費は自己負担

 酷暑が予想される真夏の東京で、長時間複数日程にわたる無償労働。日本人には「ボランティア=無償」というイメージが強いかもしれないが、本来、ボランティアとは「自主的な・志願する」などの意味で、有償のボランティアもめずらしくない。さらに、ボランティア活動の特徴は「自発性」「非営利性」「公共性」の3つが中核で、商業イベントである現在のオリンピックとは相いれないものだという。

 東京オリンピックのオフィシャルパートナーとなっている大新聞には載らないが、こうした指摘は早い段階からあった。それに対して組織委員会は「感動」や「やりがい」を謳って応えているという。

 ほかにも著者が指摘するのは、JOC委員や組織委員会職員、公共団体からの派遣職員、さらには広告代理店電通の社員など、東京オリンピックにかかわる他の人々は働いて対価を得ているのに、なぜボランティアだけが無償で労働力を提供しなければならないのか? ということだ。

肥えるオリンピック貴族 タダ働きの学生たち

という本書帯の文は、それを象徴するものだろう。

 一生に一度の経験として、自国で開催されるオリンピックにボランティアとして参加する。それは貴重な経験になるだろう。しかし、その無償の献身的な行為が、自ら搾取される側にまわることにもつながっていることは知っておくべきだろう。ボランティアの主力として組織委員会が想定しているのは、時間に余裕があり、意欲に富んだ大学生だという。大学と手を組んだボランティア募集計画も進んでいるそうだ。記念となる体験かやりがいの搾取か、その判断は本書を読んでから決めてもらいたい。

文=井上淳