映像を見たあとだからこそ味わえる! 『この世界の片隅に』「海苔を干すシーン」に見る“マンガ的表現”

アニメ・マンガ

2018/8/20

 人はどんなときでも食べて働いて眠り、生きていく。そんな日々の中で誰かを好きになり、愛おしく感じる。たとえそれが「戦争」という非常時だったとしても――

 ドイツ・ポーランド不可侵条約が締結された昭和9(1934)年1月から(条約は1939年に破棄されてドイツはポーランドへと侵攻、これが第二次世界大戦の発端となった)、昭和天皇が詔書でいわゆる「人間宣言」をした昭和21(1946)年1月という時代を舞台に、よく「人からぼうっとしている」と言われ、絵を描くことが得意なすずを主人公とした『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)。広島・江波の海苔養殖を営む家に生まれ育ち、呉にある北條家の長男・周作のもとへ嫁いだすずが、日々を生きる姿を描く作品だ。

 本作は『漫画アクション』に2007年から2009年まで連載され、2011年に北川景子主演でスペシャルドラマ化された。2016年には片渕須直監督によってアニメーション映画となり大ヒットを記録、映画はロングランを続けており、2018年12月には新たな約30分の場面を追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の公開もアナウンスされている。そして2018年7月からは連続ドラマ化され、放送を毎週楽しみにしているという方もいらっしゃることと思う。

 これらの映像作品をご覧になった方へぜひおすすめしたいのが、原作の漫画をじっくりと読むことだ。昭和初期から戦時中の文化や風俗、生活様式などは現代では少々分かりづらいこともあるが、原作マンガでは当時の暮らしを入念に調べ、丁寧に描いている。

 例えば「この世界の片隅に 第5回」では、戦争中は統制経済によって食料などを配給していたが、タダでもらえるわけではなく、専用の切符か通帳、そして現金が必要であることが説明されている。また「この世界の片隅に 第8回」では、食料不足から道や畑に生えているたんぽぽやはこべといった雑草の調理法と味、室町時代の武将である楠木正成が食べたと言われている「楠公飯(なんこうめし)」の炊き方が紹介される(それを食べた北條家の人たちが意気消沈していく場面はとてもコミカルだ)。

 漫画的な表現にも見どころが多い。昭和13年2月の「波のうさぎ」(上巻35ページ)と、昭和18年12月の「この世界の片隅に 第1回」(上巻53ページ)には海苔を干すシーンが描かれているが、コマ割りや人物の配置がほぼ同じなのだ。

昭和13年2月の「波のうさぎ」より(上巻35ページ)
昭和18年12月の「この世界の片隅に 第1回」より(上巻53ページ)

 しかし5年と少しの間に年を重ね、経験を積み、立場が変わっている。これと似た構図は、戦後となる昭和21年1月「この世界の片隅に 第44回 人待ちの街」(下巻129ページ)にもあるのだが、戦争によってすっかり変わってしまったことの哀しみに胸を打たれる。

昭和21年1月「この世界の片隅に 第44回 人待ちの街」より(下巻129ページ)

 また「この世界の片隅に 第4回」(上巻81ページ)では『隣組』という歌に合わせたコマ割りで展開し、「この世界の片隅に 第23回」(中巻91ページ)では「愛国いろはかるた」が並ぶことで物語が進む。そして回によって絵のタッチや線の太さも変わり、ほとんどスクリーントーンを使わないなど、非常に手のかかった作品なのだ。

隣組(「この世界の片隅に 第4回」上巻81ページ)より

愛国いろはかるた(「この世界の片隅に 第23回」中巻91ページ)

 物語の中に「この世界の片隅に うちを見つけてくれてありがとう」と言う、本作を象徴するシーンがある。しかしそこは片隅ではなく、自分で選んだ世界の中心、つまりすずにとっての居場所を見つけたということでもある。すべての物ごとは流転していくが、たとえどんなことがあったとしても、本当に大切なことは決して流されはしない――この物語が描かれた時代にどんなことがあり、どんな結果になったのか。それは誰もが知っている。作品が昭和20年8月15日へ向かうごとに、すずを始めとした登場人物たちがどうなってしまうのか、ページを繰る手が重くなるかもしれない。しかし生きるとは何か、不自由な世界でも幸せはあるのか、じっくりと考えて前に進んでほしい。もちろん答えは簡単には見つからない。しかし考えることをやめてはいけないのだ。

文=成田全(ナリタタモツ)
©こうの史代/双葉社