「家族だからわかり合える」は本当?「ひとり暮らし」で初めて知る他人の痛み

マンガ

更新日:2018/8/27

『コノマチキネマ』(瀬川藤子/徳間書店)

 適度な距離を保って、人間関係を築いていくのは意外と難しい。

 大人になった今だからこそ、様々な経験を通して、人の事情や抱えているものを少しは想像できるようになったが、きっと今まで、無知ゆえの配慮のなさで、たくさんの人を傷つけてきた。

 相手の話す内容だけでなく、仕草や表情から真意を探り、近付きすぎたら謝罪し、その場を去る……。心がけてはいるが、人間同士の距離感は、対峙する相手によって正解もバラバラで、まだまだ人間力を高めていかねばなあと痛感している。

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 瀬川藤子の『コノマチキネマ』(徳間書店)は、そんなややこしい「人との距離感」について深く考えさせられるマンガだ。

 この物語の主人公は、大学2年生の小野町楓。

 彼女は、祖母の経営する玄関と台所とトイレ・お風呂が共同の古いアパートで、憧れのひとり暮らしを始める。

 子供の頃何度も遊びに来ていた、楽しい思い出がたくさんのアパート。楓は今でもその場所が素敵なコミュニティであると信じ込み、期待に胸を膨らませていたのだが……!?

 アパートには大家のおばあちゃんの他に、5人の住人が住んでいる。

 大家代行でもありシングルファーザーの日下部さん、ホステスのアゲハさん、ロリ服が似合う毒舌のさくらちゃんと、古株の園村さんに、音楽好きの市川くんだ。

 彼らは皆、住人たちが抱える事情をそっと慮ることができる「社会人」だが、まだまだ世間知らずの楓は「早くみんなと仲良くなりたい!」と暴走を始めてしまう……。

 例えば、母親から毎日、ロリ服を着用した写真を送るように要求され、送らなければ1000通ものメールが来る現実に辟易しているさくら。「髪のケア」も大切だからと、段ボールいっぱいの高級トリートメントも送られてくる。

 その箱を見ても、事情を察することができない楓。さくらのトリートメントを欲しがり、毎日のように写真を送る必要があることを聞かされても、「めっっっちゃ仲良しですねー」と純粋に感心してしまう。

 挙句の果て「気持ち悪いだけだろ 20過ぎた娘の写真欲しがる親なんて」と怒ったさくらに、「“家族なんだから”話せば分かり合える」と説教を始めてしまうのだ……!

 元教師で色んな家庭の事情を見てきた楓の祖母は、事の顛末を聞き、楓を諭す。

あんたにとっては「普通」のことの中にさくらちゃんにとっては刃物になる言葉があったんだ

 と告げ、綺麗な言葉をそのまま素直にそう思えることは、幸せなことで、当たり前ではないことを教える。

 楓はまだ距離があったさくらとの関係を、自分の都合で焦って深めようとしたことを反省し、初めて「他人」の苦悩に触れるのだ――。

 とはいえ、「誰とでも仲良くなろうと行動する」楓は決して悪い子ではない。さくらが本当に困っている際、楓は意外な方法で彼女を救い出すし、自分が悪いと思えば、素直に謝罪する勇気もある。住人とも、古株の園村の助けを借り、2年計画で「一緒にご飯」を食べられるくらい仲良くなる計画を立てる。

 他人と触れ合うことで初めて知る喜びや痛みは山ほどある。自身が経験したことがなくとも、相手の背景を想像し、徐々に仲を深めていくことは、残念ながら簡単ではないが、とても大切なことだ。人と関わる難しさと温かさを、心がヒリヒリするような温度で教えてくれる。ぜひ読んでみてほしい。

文=さゆ