ヤクザが赤坂にある“潰れかけの銭湯”を再生 日本人ならではのその理由とは?

文芸・カルチャー

更新日:2018/9/19

任侠浴場 (単行本)

著:
出版社:
中央公論新社
発売日:
『任俠浴場』(今野 敏/中央公論新社)

 このほど累計40万部を超える今野 敏さんの「任俠」シリーズ最新作『任俠浴場』(中央公論新社)が出版された。義理と任俠を大事にする昔気質のヤクザ・阿岐本組の面々が挑むのは、赤坂にある潰れかけの「銭湯」の再生。「銭湯には日本人の大事な思い出が詰まっている」と意気込む阿岐本親分は、今回もミッションクリアできるのか…8月23日には、この『任俠浴場』出版を記念して、東京・高円寺で85年続く老舗銭湯「小杉湯」で、作者の今野 敏さんによるトーク&サイン会が開催された。異色の会場でのイベントの模様をお届けしよう。

 夜7時前、東京・高円寺の路地に現れた謎の行列。行列の先は昭和8年創業の小杉湯だ。靴を下足入れにしまい男湯へ向かうと、壁に描かれた富士山と浴槽をバックにマイクスタンドが設置され、お客さんには風呂イス+座布団の特設シートが。浴場なので冷房はなく、来場者は配られた特製うちわをパタパタ。ちょっとシュールな会場は、開始前から静かな熱気に包まれていた。そして、いよいよイベント開始。まずは小杉湯三代目の平松佑介さんのご挨拶から。

「東京オリンピック(1964年)の時期の東京に2700軒くらいあった銭湯ですが、いまは550軒くらいと減りました。それでもまだまだ力があります。今日のイベントはそんな東京の銭湯業界にうれしいニュースです。なお、ひとつ注意事項があります。風呂屋なのでカランは押すとお湯が出てしまいます(笑)」

 そして今野 敏さん登場。しばし編集担当者との「銭湯」トークが続く。

編集者(以下、編):なぜいま「銭湯」なんですか?

今野:ぶっちゃけ道後温泉に行きたいなーというのがあって(会場・笑)。「お風呂の話を書く」って言えば、出版社が連れてってくれるかと期待したらしめしめで、行ったからには書かざるを得なくなった(笑)。でもね、その経験で我々の小さい頃の原風景だって気がついたんです。いまどき家族は面倒くさい存在で、お互いに面と向かうとムカムカすることもあるわけですけど、たとえば子どもと銭湯に行けば自然に「ちゃんと桶洗え」とか「泡をとばすな」とか教育すると思うんですよ。こういうの家ではあんまり言えなくても、銭湯なら言えちゃうような気がする。僕が子どもだった昭和30年代は日本中がまだそんなに豊かじゃなくて、家に風呂がなくて銭湯に行くのが当たり前でした。考えてみると、親に連れられて体験した自分にとってのはじめての公共の場が銭湯なんですよね。周りは知らない大人で、みんな裸ですから飾りっ気なく平等で。書き始めてからそういう「原風景」的なことを描きたいと思いました。

:いつもヤクザを相手に問題解決してきた阿岐本組ですが、今回はさらに、銭湯の経営再建の話から最終的に「家族」の問題にも挑みますね。

今野:都内の銭湯は経営的にはなんとかなるらしいんですが、でも実際にはどんどん減っています。その理由を考えるとやっぱり後継者問題が大きいだろうし、それは「家族」の話になる。なので銭湯の立て直しというのを、「家族としてどうするか」ということにシフトしていきましたね。

:小杉湯さんも家族経営ですもんね。実はイベントの前にお邪魔したんですが、僕はあまり銭湯になじみがなくて、若い人も年配の方もいれば、タトゥーのある方もいて、裸になると関係ないという雰囲気が新鮮でした。

今野:外国人の観光客のみなさんも裸で入りますもんね。ちなみに僕は炭鉱町で育ちましたから、刺青は普通でしたよ。そういう人がいるのは普通の風景で、「いろは」とか背中に描いてあるのを読んで怒られました(会場・笑)。あの頃、銭湯はいつも満員でした。しかもお風呂に入るだけじゃなくて、友達と待ち合わせて脱衣所でコーヒー牛乳を飲みながら『ウルトラマン』を見たりもしましたね。当時、家のテレビは白黒だったけど銭湯にはカラーテレビがあって、ウルトラマンが赤いっていうのもそれではじめて知ったんです。

:なるほど。道後温泉でそんな原風景も蘇ったわけですね。

今野:あそこは市営のでっかい銭湯みたいな場所で、刺青も大丈夫でね。あとね、銭湯って「日本人であること」を思い出す場なんだなとも思いました。最近はみんな仕事で疲れちゃってますけど、個人的にはそれって西洋式のビジネスの真似をしすぎだからで、ほんとは日本型のいい働き方っていうのがあると思うんですよ。あっちの人は2ヶ月くらいバカンスで休みますけど、それじゃないと成り立たない世界なわけですよね。でも日本人は2ヶ月も休むことになったらパニックになっちゃう。おそらく日本人の「商い」は毎日同じことをやって、1日の中でメリハリをつけるスタイルで、その意味では「銭湯で風呂に入る」っていうのは、重要なことだったはずなんですよ。

 ここでトークのゲストに銭湯図解イラストレーターの塩谷歩波さんが登場。日本中の銭湯をめぐって縮尺や構造などを正確に図解したイラストを描いている塩谷さんは、実は小杉湯の番頭さんでもあり、館内にたくさん貼ってあるご案内のイラストも手がけられているとのこと。

塩谷:番頭の仕事というのは、沸かし込みやタオル畳みなどの開店準備、番台での受付などいろいろオールマイティです。あとは個人的に銭湯のイラストを描いていて…。

今野:このイラストって女湯の図解ですよね。我々男には貴重だ!(笑)

塩谷:ありがとうございます、実は来年、中央公論新社さんから本にしていただきます(笑)。それにしても今野さんも銭湯の内部事情までよくご存じですよね。

今野:実はほとんどヤマカンで書いてるんですよ。

塩谷:ええっ、ほんとですか?! 私、親分さんの「昔の人はね、休み方がうまかったんだと思うよ。いっぺんに長い休みは取らない。だけど、1日の中でめりはりをつけるわけだ。それに銭湯が一役買っていたと、俺は思っている」ってセリフにすごく感動したんです。それというのも、以前、設計事務所で働いていたときに、働きすぎで心身のバランスを壊して3ヶ月間休職したことがあって。そのとき友人に誘われて行った銭湯にすっかりハマったんですよ。

今野:それまでは銭湯経験はなかったんですか?

塩谷:大学の研究室に泊まり込んだときに行きましたが、ただ洗うだけで。太陽の輝く中でのんびりくつろぐのを体験したら、本当に気持ちよくて。

今野:昼風呂はいいですからねぇ。

塩谷:そうなんです。知らない人とおしゃべりするのもストレス解消になったりして、銭湯に行けば行くほど心のしこりがとれていきました。

今野:いいですね。まさに阿岐本の言葉を体現してくれたわけだ。

塩谷:かなりウルッときました。本当に銭湯って強制的にオフにされるんですよね。

今野:そう。強制的にオフにしないと日本人は切れないんだよね。休むのが下手だから。

塩谷:はい。だから銭湯っていうのは「日常の中の余白の空間」じゃないかと。

今野:いいですね、それ! いやあ、もっと前に出会っていたら、絶対に本に書いてましたよ、塩谷さんのこと!(笑)

 このあとは塩谷さんオススメのいまどき銭湯の紹介や、小杉湯の未来計画など話題も豊富にトークが終了。イベント後半には今野さんが番台にスタンバイしてサイン会が行われた。裸のふれあいが基本の銭湯だからか、会場の雰囲気は終始和やか。誰もがひとっ風呂浴びたような、ほっこり気分のさわやかな夜となった。

取材・文=荒井理恵

この記事で紹介した書籍ほか

任侠浴場 (単行本)

著:
出版社:
中央公論新社
発売日:
ISBN:
9784120051012