セックスがなく、男性も妊娠できる世界―「家族」という概念は消滅してしまうのか

文芸・カルチャー

2018/9/12

『消滅世界(河出文庫)』(村田沙耶香/河出書房新社)

 女性は子どもを産んで当たり前、大人は子育てをして一人前という時代は終わりを告げつつある。しかし、「LGBTは生産性がない」という杉田水脈衆議院議員の発言、東京医科大学の女性差別入試問題、2014年に新語・流行語TOP10に入って以来ニュースが絶えないマタハラなど、依然としてジェンダー認識の相克は絶えない。この度文庫化された『消滅世界(河出文庫)』(村田沙耶香/河出書房新社)は近未来的設定ながらもある程度現実味を残したストーリーで、読者一人ひとりの「常識」を揺さぶる。

 物語の舞台は、人工授精で子どもを産むことが当たり前になった世界。夫婦間の性行為は「近親相姦」としてタブーとなっている。夫に「近親相姦」されそうになり離婚した坂口雨音は、両親の性行為によって生まれた自分の体が呪いにかかっているように感じていた…。

 本書を紹介すると際立つのは上記のようなある種SF的な設定だが、物語に漂う不思議な浮遊感は、現代社会と「変わらない点」からより多く生み出されているように思える。

「それだったら、友達と結婚したいなー。同性婚、認めてくれればいいのにねー」
アミちゃんが大きく頷いた。
「あ、それは私も思いますー。同性婚できるならこの子と結婚したい! っていう親友と、よく話してますもん」

 主人公・雨音の会社で、後輩同士が子どもを持たない結婚の意義や同性婚について何気なく話している場面だ。現代日本でも、カフェや居酒屋の隣の席から聞こえてきそうな会話ではないだろうか。この物語の中で、人々は会社に行き、デートに行き、携帯電話を持っている。人工授精に関しては異様に進んでいて、人々の働き方や暮らしぶりはさほど変わっていない。このアンバランスさが、題名にもある「消滅」というコンセプトを土台に読者を終始ぐらつかせる。

 例えば、本作における「子供ちゃん」という秀逸な言葉選びは、読者に様々な連想をさせる。物語の中では、千葉県は実験都市・楽園(エデン)となり男性も人工子宮で妊娠ができて、大人は皆「子供ちゃん」の親だという社会が形成されている。そこに、「家族」という消滅しかけの概念について考えている雨音が訪れた時、このようなモノローグが展開される。

遠くから、微かに、生まれたばかりの「子供ちゃん」の声が重なって聴こえてくる。すべてが私の子供だ、という想いが沸きあがる。私が「本能」とか「生理的」などと言って信じていた感情や衝動と、まったく違うものが身体の中に芽吹いていた。

 「家族」という概念は変容しているが、消滅するにはまだ早い。子どもを持てなくても、「子供ちゃん」がいる。同性婚でも、「子供ちゃん」を持てる。そんな社会が近い将来実現するかというと、極めて可能性は低いといえるだろう。しかし、その「ありえなさ」が、今私たちの生きる社会はどうあるべきなのかを問いただしている。根強く立ちはだかる「常識」の壁を、想像力で崩す勇気を与えてくれる一冊だ。

文=神保慶政