益田ミリ、9年ぶり2作目の長編小説『一度だけ』「一年に一度でいい。熱く、熱い、夜が欲しい」

文芸・カルチャー

2018/10/13

『一度だけ』(益田ミリ/幻冬舎)

 ミュージシャン・矢野顕子が生み出した曲の一つに「ひとつだけ」がある。故忌野清志郎とのコラボでも知られ、愛らしい歌詞が心に響く名曲だ。

 これから紹介する本は「ひとつだけ」ではなく『一度だけ』(幻冬舎)。都会暮らしをする独身アラフォー女子を描いた「すーちゃん」シリーズなど、女性の細かな心情を描き続ける漫画家・益田ミリが綴った9年ぶり、2作目となる長編小説だ。

 物語は30代の姉妹で2人暮らしを続ける派遣社員・ひな子と介護ヘルパー・弥生、彼女らの母親・淑江とその妹・清子、2組の姉妹を中心に描かれる。夫が遺した財産で自由きままに暮らす清子はひな子を誘い、往復ビジネスクラスの1人180万円かかるブラジル旅行に出かけた。日本に残された弥生はひな子が不在の間、「毎日新しいことをするルール」を自分に課す。

 物語は登場人物の都合通りには進まない。厳密に言えば、進むときもあれば進まないこともある。でも、これが日常というものだ。そんな日常から脱却しようともがく登場人物は、“一度だけ”という思いで、さまざまな行動を起こしていく。

 30代を越えて40代になろうという年齢に差し掛かると、自分の限界点が見えてくる。かぶりを振って、「自分はそんなんじゃない」と今までに取ったことのないような行動を起こそうとしてみる。ところが、大抵はうまくいかない。そんなときは大体、今までの自分の経験を忘れてしまっているのだ。そして、答えは決まって“ひとつだけ”なのである。

 本書は、「ふふふ」と思わず笑ってしまう益田作品とは一線を画す。しかし、日常を丹念に描き、「あるある」と言いたくなるような平凡な生活の中にある何気ない情景を切り取る益田節は健在だ。

 読者と作者、間に入った登場人物との距離を絶妙に保つ。そして、せつなさとやましさと荒ぶる心を小出しにしながら、ぽっかりと空いた読者の心のスキマを不意に襲う。喜劇なのか。悲劇なのか。どう味わうかは読者次第。そんな感覚を噛み締めながら味わえる一作なのである。

文=梶原だもの