「10人産んだら、1人殺せる」――『コンビニ人間』村田沙耶香の衝撃作!

文芸・カルチャー

2018/10/17

『殺人出産』(村田沙耶香/講談社)

「育子さんは今、殺したい人っていなんですか?」
「ちょっとだけ気になってる人は、いるかな。でも一生かけて殺すのに、本当にその人でいいかっていうと、悩んじゃうんだよね」

 という会話が、ありふれた会社の平凡な会社員の昼休みに交わされる日本が舞台の『殺人出産』(村田沙耶香/講談社)。コイバナみたいなノリで殺人の話をするOL……怖いです。

「10人産んだら、1人殺せる」「命を奪う者が命を作る」という「殺人出産システム」が導入され、殺人の持つ意味合いが大きく異なった世界の会社員、育子。彼女はそのシステムを積極的に受け入れているわけではないが、それが「世間の仕組み」になった今、抗う理由も意志もない。ごく普通の女性である。

 だが育子には、10代で「産み人」となった姉がおり、「殺人出産システム」の「狂気」を誰よりも身近に感じていた。

「産み人」とは、たった1人を殺したいがばかりに、10人の命を生み出すことを決め、合法的に殺人を試みる人のこと。(ちなみに、男性でも人工子宮によって出産が可能である)。「産み人」は十数年、長ければ、人生の大半をかけて10人の赤ちゃんを産む。それは拷問に等しい苦行だそうだ。

 10代という若さで「産み人」となった育子の姉は、そうまでして誰を殺したいのか。……自分だろうか。その疑念が、育子の頭から離れることはない。

 いよいよ、姉が10人目の子どもを産み、「殺人」の権利が与えられる。彼女が「殺したい相手」に選んだのは……。

「10人産んだら1人殺してもいい」という、この衝撃的なシステムが導入されたのは、避妊技術が進み、女性は初潮が始まった時点で子宮に処置を施して自然妊娠を防ぎ、基本的には人工授精を行うようになったため、「恋をしてセックスをすることと、妊娠をすることの因果関係」が乏しくなり、偶発的な出産がなくなったことで人口が極端に減少したから、というのが理由。

 つまり、少子化を食い止めるために「殺意」を利用したのだ。

 序盤で書かれているこの説明を、私はすぐに受け入れられなかった。

「いや、無理があるでしょ!」と。殺される人や赤ちゃんの人権はどうするんだとか、誰もが人間不信になって世情が不安定にならないか、とか現実的に考えると、やっぱりいくら近未来とはいえ「あり得ない」と思った。

 これは、本作を読んで「いまいちハマれない」人が、一番引っ掛かった部分ではないだろうか。しかし中盤、私はこの「殺人出産システム」が突然、「なるほど! それなら……」と、妙に納得できた場面があったのだ。

 それは育子が嫌味ったらしいパワハラ上司に目をつけられ、いびられた後に、「大丈夫、私たちには殺人があるから」と微笑むシーン。

「人を殺せる」ことが、「人を救う」こともある。誰かの「希望」になることもある。

「少子化を防ぐため」というキレイゴトの理由より、「憎い人を殺したい」というシンプルな欲求の方が、私にとってはよほど説得力があった。

 この瞬間、私は普段隠している(隠しているとは、自分でも意識していない)負の感情が露呈され、戸惑いと共に快感のようなもの感じた。新しい自分を発見したような、そういうカタルシスだ。

 著者の筆力もあると思うが、この辺りから私は、この「殺人出産システム」を違和感なく受け止め、物語に没頭することができた。(ハマれなかった人は、そういう黒い部分が本当にない人なのかもしれない……)。

 普段、目を背けている人間の「黒い部分」を、衝撃的な世界設定を借りて明るみにする本作。短編なので、読書が苦手な方にもおススメしたい。

文=雨野裾