負の感情が止められない…SNSや受験勉強に疲れた10代の心の内

文芸・カルチャー

2018/10/23

『青い春を数えて』(武田綾乃/講談社)

「青春」と聞けば、多くの人がさわやかで、輝いている毎日をイメージするだろう。だが、こうしたイメージには往々にして、年長者たちによる過ぎ去った青春への懐かしさが入り込んでいる。青春の当事者たちは、モヤモヤを抱えながらやり過ごしていることが少なくない。

 武田綾乃の描き出す青春には、過剰に美化された部分がない。アニメ化もされた「響け! ユーフォニアム」シリーズをはじめとする著作が中高生から高く支持されているのは、大人のフィルターを通していないリアルな青春像が共感を呼ぶからだろう。女子高生たちの本音に迫る最新作『青い春を数えて』(講談社)もまた、10代ゆえの繊細な心理をテーマにした連作短編集である。

「白線と一歩」の主人公は高校3年生の知咲。放送部では「優しい先輩」として、後輩から慕われている。しかし、彼女は同学年の有紗に対してコンプレックスを感じ続けていた。やがて、コンクールの申し込みが近づいてくるが、知咲は出場する決心をつけられない。そんな彼女に有紗はきびしい言葉を投げかけるのだった。

「赤点と二万」では、受験生たちの複雑な心理が描かれる。菜奈は学校のテストでは赤点を取り続けており、補習組の常連だ。しかし、それは菜奈が大学入試に必要な教科だけを集中的に勉強し、その他の教科を捨てているからだった。一般入試にかける菜奈は、内申点が良ければ進学できる「推薦枠」に不満を隠せない。ある日、補習組で菜奈と一緒になったのは、秀才として有名だったはずの男子、光だった。

 本作に登場する少女たちは、日常に決定的な反感を抱いているわけではない。むしろ、表面上は友人関係も良好で、青春を謳歌しているといってもいい。しかし、それでも些細なきっかけで違和感が広がっていく。友達に嫉妬したり、自分より劣った人間を探して見下したり、負の感情が止められなくなってしまう。大人たちは冷静に「考えすぎだ」と諭すかもしれない。それでも、本人たちにとっては軽く流されたくないような、重大な問題なのである。

「側転と三夏」で、料理部の真綾はSNSに自分が作ったメニューの写真を投稿するのがささやかな楽しみである。知り合いから小さな反響があり、「いいね」やコメントがもらえれば真綾は満足だった。ところが、自分が一生懸命作った料理の写真以上に、姉が失敗したカップケーキの写真のほうがバズってしまう。愛嬌があるぶん得をしてきた姉への不満が押し寄せてくるが、当然、姉に非があるわけでもない。やり場のない感情が真綾をとらえて離さなくなってしまうのだ。

 ラスト2編、「作戦と四角」「漠然と五体」では宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』がモチーフとして登場する。ジョバンニ少年と親友カムパネルラの絆を、壮大な宇宙の景色に絡めて描き出したファンタジーだ。しかし、2編に登場するのは特に仲が良くもない、2人の女子高生である。彼女たちが電車内で出会ったことで、1日だけの交流が生まれる。おそらく、彼女たちが二度と言葉をかわすことはないだろう。だが、そんな関係だからこそ友達や家族にすら言えない本音をぶつけられる。「大学に行くのは楽しいか?」と聞かれて、少女はこう答える。

「楽しくないよ。でも、それでいいの」
(中略)
「明日は来るじゃん。呼ばなくても、勝手に。じゃあ、仕方ないじゃん」

 青春だからといって、楽しいとは限らない。しかし、楽しめない者を否定するのは、青春から遠ざかった者のエゴである。楽しくてもそうでなくても、毎日はやって来て、少女たちは立ち向かわなくてはいけない。「仕方ない」という言葉は後ろ向きなだけの意味ではないだろう。天才でも不良でもない少女たちが、なんとか人生に折り合いをつける姿は残酷だ。だからこそ、勇気がいる。本作は、彼女たちの心をあくまでも対等な視点で描き出すのである。

文=石塚就一