「わが子が怖い…」母親を苦しめる「産後うつ」のリアル

出産・子育て

公開日:2018/10/20

『脱 産後うつ 私はこうして克服した』(講談社)

 妊娠中から産後1年未満に死亡した女性の死因の約29%は自殺…。死因の第1位にあたります。このように女性を自殺に追い込む背後には「産後うつ」の可能性も否定できないとの調査結果が出ています(※1)。

 妊娠・出産は慶事です。でもうれしいばかりでは乗り越えられない、過酷なライフステージの始まりでもあります。そして妊娠・出産をきっかけに心身のバランスを崩す女性は少なくありません。それまで心身ともに健康な人でも「産後うつ」を患う可能性があるのです。

 2014年に出産したミィさんも産後うつを経験したひとり。凄絶な産後うつの症状に苦しんだ結果、精神科に入院することになりました。

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『脱 産後うつ 私はこうして克服した』(講談社)で書かれているミィさんの出産・育児の体験は、産後、育児に対する悩みや不安を持つ女性の症状と重なる部分が多いでしょう。

■3時間おきの授乳がつらい

 子どもを待ち望んでいたミィさん夫婦にとって、妊娠が分かったときの喜びはとても大きなものでした。つわりも乗り越え、無事に出産。かわいいわが子との対面を終えて、幸せいっぱい…のはず。しかしここからが地獄でした。

 出産直後の疲れも取れないなか、待ち受けていたのは「スパルタ授乳指導」。ミィさんが出産した産院では、完全母乳育児を推奨し、24時間母子同室でした。

 授乳は1日約8回、朝晩関係なく時間がくれば、おっぱいを与えなければなりません。しかしミィさんは母乳の出が悪く、毎回1時間半かけて授乳していたそうです。

 授乳がうまくできないと悩んでいるときにミィさんをムチ打ったのは、助産師さんの言葉。「とにかくたくさん吸わせて!」と根性論を説かれ、さらにオムツ替えがうまくいかないと「そんなやり方じゃ赤ちゃんがかわいそうでしょ!」と叱られたそうです。

 3時間おきに授乳しなければいけないという日々、合間に眠ることができても授乳の時間がくれば真夜中でも助産師さんにたたき起こされます。「起きなければいけない」というプレッシャーで、少しも眠ることができなくなっていったミィさん。この不眠の症状こそ、産後うつの初期症状だったのです。



■寝ない、飲まない「わが子が怖い!」

 母子ともに退院して待ち受けていたのは、「眠れない」日々の連続。おっぱいを飲ませても、その後の「寝かしつけ」に3時間かかることもザラにあったそうです。

 また、「母乳が出なければ母親失格」という思い込みもミィさんを苦しめました。
さらに「一度ミルクをあげると母乳を飲まない」という書き込みを読んで母乳にこだわり続けたことがストレスとなり、逆に母乳が出なくなったそうです。授乳できず、子どもはお腹を空かして泣き続け、ミィさんの不眠に拍車をかけました。

「眠れないんです」。つらさを吐露しても、周囲は「育児なんてそんなもの」「母親は眠れなくて当たり前」と取り合ってくれないこともミィさんを苦しめました。そして産後うつはジワジワと悪化し、「わが子が怖い!」と思うまでに。

 でもわが子に恐怖心を抱いていることに罪悪感を覚えて、誰にも打ち明けられないでいたそうです。どこにもはき出せない思いはさらに深みへはまります。

「育てられないなら産まなければよかった」「このつらさから逃れるには死ぬしかない」… 自殺願望に苛まれるほど追い詰められて、やっと自分が「産後うつ」かもしれないと思い、精神科を受診したそうです。



■生後5ヵ月にして「かわいい」と思えた

 重篤なうつと診断され入院することとなったミィさん。入院当初は自分が「うつ」と診断されたことがショックで、ベッドの上で泣いて過ごしていました。けれども疲れていた体を解き放つかのように、寝て、寝て、寝て過ごし、そして「『うつ』と戦わない」という境地にまでたどり着きました。

 ミィさんはこの入院生活でふたつのものを手放せたと言います。

 ひとつは、「母親失格」という罪悪感。「育児をできて当たり前のこと。子どもがかわいいと思えない自分は母親失格」という思い込みです。

 もうひとつは、「自分のことより育児優先」という思い込み。精神科の先生との対話を重ねるうちに「育児で一番大切なことは母親の心の安定」という心の土台を築くことができました。

 そして一時外出の許可が出た日、久々のわが子との対面。生後5ヵ月にして、初めてわが子が「かわいい」と心から思えたそうです。

 退院してからもすんなりと育児と向き合えたわけではなかったそうです。メンタルは良くなったり悪くなったりをくり返して、うつは「寛解」(=病気が回復し薬を飲まない状態)までたどり着きました。


■出産前に知ってほしい「産後うつ」

「誰でも妊娠・出産を機にうつになりうる」。このことを共有するべく出産後9ヵ月からミィさんは産後うつのブログを始めました。その体験を一冊にまとめたのが、本書です。

 産後うつにならないためにも、ミィさんは次のことをこの本で強調しています。

・人に頼ること
・母性神話、3歳児神話を信じない
・母乳スパルタに陥らない

 誰だって初めは「素人のお母さん」。いきなりなんでもできるわけではありません。だからいろんな情報に惑わされないでほしいとまとめています。

 この本は、今まさに育児と格闘しているお母さんはもちろん、これから出産する女性にもぜひ読んでほしいと思います。育児は楽しいだけではないのだから、「母親だから……」と一人で全部抱え込まず、周りに助けを求めてもいいということを知っておいてください。ご主人だけでなく、家族みんなでシェアすることで、産後うつに悩む女性が一人でも救われればと思います。

※1 国立成育医療研究センターなどのチームによると、2015~2016年の2年間に妊娠中や産後1年未満に死亡した女性は357人。うち102人、約29%が自殺であった。病気などを含めた妊産婦死亡数の約3割を占め、死因の最多を占めた。自殺は、産後に発症する「産後うつ」などが要因とみられる。調査は厚生労働省の人口動態のデータをもとに分析。

文=武藤徉子