女子高生みたいにぷりっぷりのもつがオッサンふたりを惑わす…地元愛に溢れた漫画

マンガ

更新日:2018/11/5

『町田ほろ酔いめし浪漫 人生の味』(鈴木マサカズ/日本文芸社)

 東京都町田市――東京23区、八王子市に次いで3番目に人口の多い商業都市だ。神奈川県に食い込む位置関係のせいで「神奈川県町田市」と勘違いされたり、バカにされたりするが、一方で「西の渋谷」「西の秋葉原」と呼ばれ若者に親しまれる。街の中心には歓楽街がそびえ立ち、今宵も多くの人が酒でにぎわう。

 そんな町田で生まれ育ち、そして町田で生涯を終えていくつもりの“生粋の町田人”がいる。鴨葱安二郎(43歳・既婚)と鶴亀大作(43歳・独身)だ。

『町田ほろ酔いめし浪漫 人生の味』(鈴木マサカズ/日本文芸社)は、その生粋の町田人が酒を飲み交わして人生を語る、おっさんの戯言のようなマンガだ。

advertisement

 この作品を一目見ると分かるが、おっさん特有の哀愁があちこちでプ~ンと漂う。安二郎の見た目が冴えない上に、大作の頭頂部がハゲているせいもあるだろう。しかしなによりも交わされる会話がおっさんなのだ。ビールに合う定番料理・もつ煮込みを注文したとき、プリプリのもつを箸でつまんで大作はこう言った。

まるで女子高生みたいにぷりっぷりのもつが俺を誘っている…

これでもかってくらいにぶっかかっている葱がこれまた性欲を――ではなく食欲を刺激する

 なんとくだらんことを…。ハゲでちょびヒゲで赤ら顔のくせに。これぞおっさんだ。もつを口に入れてどれだけ幸せな顔を浮かべようと、冴えないおっさんの絵面はユーモラスでしかない。

 町田の外れの趣ある居酒屋でひっそりと、焼き鳥、餃子、牡蠣鍋、チャンジャといった、酒に合うおっさん料理をほおばる姿は、世の悲しきサラリーマンを思い起こさせる。町田に限らず、日本中のサラリーマンが仕事終わりや休日にはこうやって日常のストレスを吐き出しているんだろう。ときには仲間と一緒にくだらない言葉を交わして笑いあっているんだろう。

 その代表が安二郎や大作のような、どうしようもない哀愁を漂わせた2人なのかもしれない。「くだらんなぁ」と思うが、決してバカにできない。

 彼らは40を超えた大人だ。ときには戯言だけでなく、「お?」と思わせる光る言葉も放つ。2人で回転ずしを訪れたときだ。シャリからネタがこぼれた見た目の悪いサーモンが流れてきた。少なくとも3周はしている皿を見て大作はこう言った。

きらびやかであっという間に誰かに取られる人気者の寿司(やつ)
派手さはないが誰もが一皿は食べておきたい手堅い寿司(やつ)
もはや寿司ではない何とかして勝負に出る寿司(やつ)
回転寿司ってやつはまるで…人生の縮図みたいじゃねーか…

 独身貴族の大作は、残りものの寿司を自身の姿と重ねたのだ。誰にも相手にされず独りで悲しく回り続けるやつがいる。それを救ってやるのが自分ではないか、と。これは結婚だけでなく、社会のレールを外れてしまったすべての人に言えるのではないか。読みながらジーンと胸にくる。

 それを聞いた安二郎はこう言った。

あのネタがこぼれたとろサーモンがおまえならもう一貫は俺だ
俺たちであのとろサーモンを救ってやろう

 この2人は高校時代からの旧い友達。片割れが悲しいつぶやきをすれば、もう片方がそれに付き合う。この作品はおっさんの戯言を楽しむマンガだが、それだけじゃない。人間味あふれる台詞があり、2人の腐れ縁のような友情が読者の心をほんのり温める。地元の友達との会話を、20年以上煮詰めたような雰囲気だ。すべての発言に意味はない。しかし一分のスキもない。「くだらんなぁ」と思うが、うらやましいとも感じる。

 忙しい日常のせいで忘れがちだが、私たちには地元がある。くだらない会話をさせてくれる旧友がいる。そんなアホな友人と飲み交わす時間が、1年に1回くらいあってもいいはずだ。本作を読むとそんなことを感じる。

 この作品は、おっさんの“お出汁”と人生のスパイスが効いた、生粋の町田人のマンガだ。哀愁漂う2人の姿に酔いしれてほしい。

文=いのうえゆきひろ