寝具は汚れ悪臭も…今で言うネットカフェ的な木賃宿とは? 生きにくかった明治の実態

社会

2018/11/9

『生きづらい明治社会――不安と競争の時代』(松沢裕作/岩波書店)

 平成も残りわずか。決して景気が良かったとはいえない、災害も多かったこの時代を「生きづらい時代だった」と総括する人もいるだろう。しかし、どんな時代でも、決して生きやすかったわけではなさそうだ。

『生きづらい明治社会――不安と競争の時代』(松沢裕作/岩波書店)は、明治時代の社会の実態をひもといた新書。平成の終わりが近づいている今年は、明治元年から150年目の年としても知られる。明治時代といえば、日本が近代化に向けて大きな一歩を踏み出した華々しい時代であるが、社会の大きな変化は、人々に不安をもたらしもした。

 明治時代は「立身出世」の時代と言われる。江戸時代のように、どの家に生まれるかによって将来が固定されていた時代と違って、形式的には、自分が生まれた家がたとえ貧しくとも、国の公務員や大企業のエリートになるという可能性がゼロではなくなった。

 だが、実際に「立身出世」を実現する人は一握り。地方では、地租改正によって個人の土地所有権が確立したが、これは農村にあった共同体内での貧困救済のしくみを破壊することにつながり、借金のせいで土地を失う農民が大量に生まれる結果を招いた。

 かといって、コネも貯金もなく、地方から都市に出てきても、上手くはいかない。若者たちは「立身出世」を夢見ながら、新聞配りなどの仕事をしつつ受験勉強に励み、彼らの夢の多くは無残にも散っていった。

■寝具は汚れ、悪臭を放つ20畳の大部屋「木賃宿」

 都市では、多くの人々が貧民窟に住み、劣悪な環境でその日暮らしの生活をしていた。現代社会では、住居を持たず、ネットカフェを生活の場とする「ネットカフェ難民」が問題となっている。彼らの多くは仕事についているものの、パート、アルバイト、派遣労働など不安定な仕事をしており、決まった住居がないというが、明治時代の社会には、現代よりもはるかにそういう人が多くいたようだ。

 松原岩五郎の『最暗黒の東京』では、住居を確保できない人々が利用していた「木賃宿」について記されている。格安の宿泊代で泊まる「木賃宿」は、20畳の大部屋で人々が雑魚寝して寝泊まりしており、部屋に照明はランプが1つ、枕は丸太で、寝具は汚れ、悪臭を放ち、ノミがたくさん湧いているという不衛生な状況。東京都内には145の木賃宿があり、1ヶ月の宿泊者は1万2974人にものぼったというのだから驚かされる。

■なぜ? 下層民に厳しかった明治社会

 現代では、日本国憲法の第25条の生存権の記載に基づき、最低限度の生活を保障する生活保護の制度がある。明治時代でも生活保護と似た役割をもつ恤救規則という法律はあった。だが、その対象者はあまりにも狭く、もちろん「ワーキング・プア」は対象外。救済する人の範囲を広げようという議論もあったが、多くの議員は範囲を広げる必要はないと考えた。

 その理由は、貧民たちが困窮しているのは、当人の努力不足や怠惰が原因だと考えたからだ。明治政府にはカネがなかった。人々も決して裕福であるわけではない。そんな状況の中で、最下層の人々を税金で救うのはおかしいのではないかというのが一般的な考え方であり、貧困層を救う法律は誕生し得なかった。議員の選挙権を持っていたのは、直接国税15円以上を納める25歳以上の男性。貧しい人々の意見が反映されないのも無理はない。

 貧困に陥るのは努力が足りないからだという通俗道徳。競争社会の中で強まっていく貧困者や弱者に対する冷たい視線。そんな空気は現代社会にも根強く漂う。生きづらいのは現代社会も明治時代も同じなのか。他の時代と比較してこそ今の時代が見えてくる。

文=アサトーミナミ