「旦那以外の人に抱かれたい」愛でも恋でもない6つの大人の恋

文芸・カルチャー

2018/12/14

『あなたの愛人の名前は』(島本理生/集英社)

 私たちは同じ部屋で同じ時を刻んでいる相手の“絶望”を、どれだけ知っているのだろう。2018年に直木賞を受賞した島本理生氏の『あなたの愛人の名前は』(集英社)は、そんな疑問を抱かせてくれる、大人の恋愛小説だ。

旦那さん以外に抱かれたいと思ったことはないの?と訊かれた。

 こんな衝撃的な言葉で幕を開ける全6編の作品は官能的かと思いきや、切なさが突き刺さる仕上がりだ。

 本作には、婚約者や旦那がいるのに他の男性に惹かれる女性や彼氏持ちの女性との関係を断ち切れない男性などが登場する。彼らの行為は許されるものではないかもしれないが、その心中には思わず共感させられてしまう。

 人はそんなに強くはないからこそ、日常の中でどうしようもないほどの絶望に襲われた時、温かい“誰か”を求めてしまうこともあるように思う。

毎晩、食卓を挟んで親友のように会話する私たち

私だけが「優しくて家庭的でおっとりしている自分」のことが分からない

間違ってはいないという多数決だけで日々を送り続ける

 作中で登場人物たちが抱くこれらの感情は決して他人事ではない。恋愛は喜びや幸せを与えてくれるが、同じだけ息苦しさももたらし、自分の形を忘れさせる。

 穏やかで親友のような夫との日常や婚約者との挙式を待つ日々、その場限りの相手を割り切りながら愛す毎日は、はたから羨望の眼差しを向けられることも多いが、当人の心の中には“幸せ”以外の感情がすみついていることも少なくない。例えば、大好きな人と誰もが羨むような結婚をしても、結婚後に片思いをするようになってしまったら、幸せとはいえなくなってしまうように…。

 そんな風に、心の中で絶望がじわじわと広がり始めていくと、満たされない気持ちや言いようのない心を理解してもらえる“誰か”を求めたくなってしまうのは、人間の性なのかもしれない。

 息苦しさを抱えた大人たちが立派ではない恋愛に救いを求める本作には、人間の弱さや分かり合うことの難しさが描き出されている。「不倫」や「浮気」といった言葉だけでは片づけられない“愛人”をどう呼べばいいのかも考えさせてくれる作品だ。

文=古川諭香