日産の内部告発だけじゃない!? リコール隠しをしている巨大企業に現場社員たちがプライドをかけて挑む!

文芸・カルチャー

公開日:2018/12/21

 2018年12月、日産前会長のカルロス・ゴーン氏が、役員報酬を過少記載した疑いがあるとして起訴された。そのニュースには、考えさせられる一面もあった。おそらく、大企業で働く人々で、経営トップがなにを考え、実行しているか──すなわち、会社のエンジン部がどのように動いているかを、よく知っているという人は少ないだろう。それは、わたしたちが日ごろ親しんでいる自動車が、エンジンの仕組みを知らなくても乗っていられるのと同じことだ。

 そんなタイミングで刊行された『リコール』(保坂祐希/ポプラ社)は、大手自動車会社グループでの勤務経験があるという著者ならではの、躍動感のある“組み付け”(自動車の組み立て)のシーンで幕を開ける。

 主人公の藤沢美希は、日本最大手の自動車メーカー・キャピタル自動車のエンジニア。車の心臓部、エンジン部分の組み付け工程を担当している。彼女は、実家が部品工場を経営していたこともあり、製造現場での仕事に誇りを持っていた。

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 日々、乗る人の安全を願って仕事に取り組んでいる美希たちだが、最近、気にかかっていることがある。自分たちが組み付けを担当している看板車種「バレット」に、事故が頻発しているのだ。

 これまで、キャピタル自動車は、自社で生産した車両の不具合には、リコールで誠実に対応してきた。その会社が動かないのだから、今回は車両の問題ではないのだろう──そう考えていた美希に、ある日、突然の辞令が言い渡される。工場での勤務から、役員秘書になれというのだ。

 逃れようのない異動に反発する美希だが、秘書として担当することになった専務・谷原の、「僕はずっと事故のない社会を夢見てきた。だが、それはモータースポーツの楽しさを失った世界であってはならない」と語る熱い仕事ぶりに惹かれ、彼について行こうと心を決める。そして美希は、バレットの事故を問題視し、解決に消極的な経営陣に「必要ならリコールも考えるべきだ」と進言する谷原から、事故原因の解明を引き継ぐことになり──。

 美希が協力を仰ぐのは、“神の手”を持つ熟練工ら製造ラインの元同僚や、社内では日陰者の天才プログラマーたちだ。美希は、巨大組織の圧力に押し潰されそうになったり、怪しげなパパラッチに惑わされたりしながらも、重大なリコール隠しという闇に迫る。現場で働く社員たちの、「自分が組み付けた車で死亡事故は起こさせない」という矜持、各々の仕事にかける想いには、読んでいて胸が熱くなる。

 わたしたちが自動車を安心して使えるのは、自動車が、厳しい安全基準をクリアした小さな部品ひとつひとつの集合体だからだと言える。同じように、いくら巨大な企業といえど、それを組織しているのはひとりひとりの構成員だ。

 たったひとつの部品の不具合が、自動車に乗る人の命を奪うこともある。反対に言えば、志のあるたったひとりの社員からでも、組織という大きなものに立ち向かうのは可能なのかもしれない。『リコール』は、そんなふうに思わせてくれる、真摯で骨太なエンターテインメント小説だ。

文=三田ゆき