「21歳でレイプされ意識を失うまで暴行を受けた」――ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドの性暴力根絶との闘い

社会

更新日:2019/2/12

『THE LAST GIRL』(ナディア・ムラド:著、アマル・クルーニー:序文、吉井智津:訳/東洋館出版社)

 1989年、ベルリンの壁が破壊される光景を見た時、きたる21世紀は明るく平和な時代になるのだと無邪気に信じた。だが12年後、米国で起きた同時多発テロによって、希望は儚く潰えた。その後、世界は想像だにしていなかった混乱に覆われ、今に至っている。

 本書『THE LAST GIRL』(アマル・クルーニー:序文、吉井智津:訳/東洋館出版社)の著者であり、2018年のノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏は、そんな歴史の激流に巻き込まれ、人生が大きく変わってしまった当事者の一人だ。

 9.11以降、中東で台頭したイスラム原理主義はやがてISIS(イスラム国)という鬼子を生み出し、各国に大混乱をもたらした。

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2014年、ナディアが住んでいたイラクの村をイスラム過激派組織ISISが襲い、21歳の学生だった彼女の生活は、ばらばらに壊れてしまった。母親と兄たちが死に追いやられていくのを目のあたりにしながら、彼女自身は、ISISの戦闘員の手から手へと売り渡されていった。無理やりに祈らされ、レイプされるために着飾り、化粧することを強要され、そして、ある晩、男たちのグループから意識を失うまで暴行を受けた。(序文より)

 ナディアたちがこれほど残酷な扱いを受けた理由はたった一つ。ヤズィディという宗教を信じるマイノリティであったからだ。ISISが登場する前の時代、イスラム教徒とヤズィディ教徒は、緊張をはらみながらも共存していたという。しかし、2003年に始まったイラクと米国の戦いによって国内情勢が不安定になるにつれヤズィディ教徒の立場は悪化し、破局を迎えた。戦闘員に囚われてから命からがら脱出するまでの数ヶ月間にナディアが味わった辛酸は、時にページを繰るのを躊躇ってしまうほど苛酷だ。

ISISの戦闘員たちは彼女のことを“汚れた不信心者”と呼び、自分たちはヤズィディ教徒の女性たちを征服し、彼女たちの宗教を地球上から消し去るのだと偉そうに言い続けたという。(序文より)

 彼女は糾弾する。ISISによるジェノサイドを知りながらそれを放置した(場合によっては積極的に支援した)イラク国民や、事実を知ろうともしなかった国際社会を。

 多くの日本人にとって、中東の悲劇は対岸の火事だろう。だからこそ、私たちはナディアの悲痛な叫びに耳を傾けなければならない。

 なぜなら、彼女の身に起こったことは決して他人事ではないからだ。

 私たちは、被害者になった自分は容易に想像できるが、加害者になる可能性についてはあまり考えない。そして、ISISに狂信者のレッテルを貼り、自分とは関係ないと思いこむ。

 しかし、人間という生き物は、理由さえあれば、いくらでも非道にも無慈悲にもなる。世が世ならISISの兵士たちも平凡で大人しい一市民として生涯を終えたかもしれない。ナディアが告発する加害者は、確実に私たち一人一人の内に存在しているのだ。

 本書は、ただつらい目に遭った女性の伝記という枠に収まるものではない。不寛容と無関心はすべての人間をISISにする。それを教えてくれる、貴重な証言の書だ。

 こんな目に遭う女性は私で最後にしたい――『THE LAST GIRL』というタイトルに込められた願いを叶えるためにも、決して目を背けてはいけない現実がここにはある。

文=門賀美央子