ドラえもん最新作を全力で大人にオススメする理由。「月のウサギ」を追うのび太が遭遇するのは…

エンタメ

2019/3/1

『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』(藤子・F・不二雄:原作、辻村深月:著/小学館)

 アポロ11号による人類初の月面着陸から50周年にあたる今年2019年は、月に関する話題には事欠かない年だ。1月には中国の無人探査機が史上初めて月の裏側に着陸し、2月には、アポロ11号のアームストロング船長が主人公の映画『ファースト・マン』も公開された。そして3月。春休み恒例の映画ドラえもんの舞台もまた、月面である。

 その映画で脚本を手掛けた直木賞作家・辻村深月による書き下ろしの小説が、本書『小説映画ドラえもん のび太の月面探査記』(藤子・F・不二雄:原作、辻村深月:著/小学館)だ。

●今年の冒険の舞台は月面。月にはウサギがいるって本当…?

 物語は、月面探査機が謎の白い影を捉えた直後、通信を絶つ場面から始まる。のび太の学校でも、そのニュースの話でもちきりだ。「白い影は月のウサギに違いない」と、得意げに自説を披露するのび太。案の定クラスメイトたちから馬鹿にされ、ドラえもんに泣きつくことになる。

「仕方ないなあ」とドラえもんが四次元ポケットから取り出したのは、この話のカギとなるひみつ道具、「異説クラブメンバーズバッジ」。バッジをつけることで、世の中の常識である「定説」ではなく、異なる考え「異説」を信じるメンバーになり、その世界へ実際に行けるというものだ。

 バッジを使って、のび太とドラえもんは「月の裏側には空気があり、生き物がいる」という異説の世界を訪れる。同じ頃、学校には不思議な転校生、ルカがやってきた。ルカは、月の話をするのび太に興味を示し――。

●小説だからこそわかる、のび太たちが「本当に考えていた」こと

 原作者、藤子・F・不二雄は、ドラえもん作品をはじめとする、ありふれた日常の隣にある非日常を描いた作品たちを、「SF(すこし・ふしぎ)」と呼んだ。本書は、その精神をまっすぐに受け継いだSFミステリーだ。

 子どもは純粋にこの冒険を楽しめるはずだし、大人になったからこそ郷愁をもって味わえる、少年期ならではの揺れ動く心の描写もある。読後、親子で感想を述べあうのもいいだろう。ふりがな付きのジュニア文庫版もあるので、お子さんにはそちらもおすすめだ。

 数々の著作を生み出してきた作家にとっても、誰もが知っている国民的キャラクターの新たな物語を紡ぐということは、非常に勇気がいる挑戦だと思う。

 ドラえもんファン、藤子作品ファンというクリエイターは多いが、著者・辻村氏は、代表作のひとつ『凍りのくじら』が全編を通してドラえもんへのオマージュであるほどの、自他ともに認める熱烈なドラえもんファンだ。その愛情は、本書にも満ち溢れている。原作の名エピソードを髣髴とさせる場面、ひみつ道具の登場と使い方、キャラクターたちの台詞回しなど、コアなファンもニヤリとしつつ納得するにちがいない。

 ちなみに過去にもやはり、ドラえもんファンである作家・瀬名秀明の手によって『のび太と鉄人兵団』が小説化されている。ドラえもんという「SF(すこし・ふしぎ)」な物語は、さまざまな演者がそれぞれの解釈でアレンジしていける、古典落語やクラシックの名曲のような存在でもあるのだろう。

●大人だからこそ、「すこし・ふしぎ」な世界へ浸りたい

 子どもの頃、ドラえもんの世界に憧れた記憶はないだろうか。優しくてかわいらしい同級生の少女、乱暴だったり嫌味だったりするがいざという時には頼りになる友達、いつも一緒にいてくれる親友。彼らとともに挑む、胸躍る大冒険…(のび太というキャラのポジションはいろいろとつらいことも多そうだけれど)。

 でも時を経て大人になった私たちは、そんな夢をみていたことすら忘れ、日々を生きるのに精いっぱいだ。満員電車に揺られて会社へ向かったり、あくびをかみ殺して運転席に座ったり、際限のない家事に追われたり。

「空を自由に飛びたいな…」

 あなたが――かつて子どもだったあなたが空を見上げて呟いているなら、本書を手に取ってほしい。ページをめくれば、大好きだった青いネコ型ロボットや仲間たちは、あの頃のままに迎えてくれるはずだ。もう一度、冒険に出かけよう。

文=齋藤詠月