明日を生きる娼婦やボクサーの姿……気鋭の写真家はスラム街でなにを見たのか

社会

公開日:2019/3/11

『ROMANTICO』(伊藤大輔/イースト・プレス)

 地球の裏側にあるスラム街の人々を、あなたはどれだけ知っているだろうか――。

 迫力の“超”大判でまとめられた『ROMANTICO』(伊藤大輔/イースト・プレス)は、写真家の伊藤大輔氏が10年間にわたってブラジルはリオ・デ・ジャネイロのファベーラに住んで作り上げた、唯一の作品集である。152ページにわたる本作で、本文はたったの5行だ。

“「広く浅く」ではなく「狭く深い」作品が欲しかった。
娼婦、ボクサー、ファベーラの人たち。
サバイバルする者への憧れ。
この写真集はそんな彼らの勇姿にロマンスを感じ、近づいていった記録である。
「死」を身近に感じることのできる人間だけが、その反対の「生」をより濃く生きようとするものなのかもしれない。”

 大きな写真からは、土埃のにおいが感じられ、「生」と「死」が手触りとしても伝わってくるかのよう。ぜひ手に取って、“体感”してもらいたい一冊である。

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 TBS系列で放送されている『クレイジージャーニー』にも出演し、大きな反響を得た伊藤氏。銃撃戦の音がよく聴こえたという地域で彼は、日本から連れて行った妻、そして現地で生まれた娘と暮らしながら写真を撮った。ブラジルの著しい経済成長には、「ファベーラ」と呼ばれるスラム街に住む人々の影がともにある。

 本作に登場する娼婦たちは皆、疲弊しているように見える。それと同時に、彼女たちのタフネスさも匂い立つ。彼女たちを見つめ続けた伊藤氏は、レンズ越しに何を思ったのだろう。その想いを読み取ろうとすればするほど、一枚一枚の写真からは目が離せなくなる。そう、写真には、被写体だけでなく、撮影者の想いや行動も強烈に写り込むのだ。

 大きなページをめくっていくと、無声映画を観ているような気持ちにさせられる。ほとんどの写真が夜を舞台とし、かつモノクロの写真で構成される。一枚一枚の写真を熟視していると、ハッとする瞬間が訪れる。突如として現れる「赤」の強さ。近接から俯瞰へ。彼らの「生」の重みが、静かにずっしりと伝わってくる。

 粗いアスファルトに突っ伏している男性は生きているのか、あるいは死んでいるのか。犬は死んでいるようだ。無声映画は「死」から「生」へとトランジションされ、ファベーラの人々が踊る姿からは今にも音が聴こえてきそうだ。

 ざらつく質感、手ブレ、そして被写体の表情が、現場のリアルを切実に伝えてくる。

 ボクサーが戦う相手は、一体何なのか。警戒を露わにする彼らの目は、どこを見つめているのだろうか。肉体が、パンチが、投げ捨てられたバンテージが、「生」への強い意志を突きつける。

 説明を求めて、確かめるように本文につい戻ってしまう。しかしあるのは、短い言葉だけだ。

“「死」を身近に感じることのできる人間だけが、その反対の「生」をより濃く生きようとするものなのかもしれない。”

 女性も男性も子どもたちも、登場する皆が影の世界を強くサバイブしている。そして彼らからはね返って伝わってくるのは、伊藤氏自身の「生」への衝動だ。

文=えんどうこうた 写真=『ROMANTICO』(伊藤大輔/イースト・プレス)より