3.11に考えたい。「寄付って正しく使われてるの?」と心配しがちな日本人の価値観とは

暮らし

2019/3/11

『寄付をしてみよう、と思ったら読む本』(渋澤健、鵜尾雅隆/日本経済新聞出版社)

 2011年の東日本大震災以降、日本でも寄付をする人が増えた。震災が起きたあの年は、なんらかの形で被災者に寄付をした人が68%にも及んだが、現在はそこから少し落ち着いて、「1年に1回以上寄付をする」という人は、日本人全体の45%ほどである。震災前の2010年の同データは30%であったことを考えると、少しずつだが日本にも寄付の文化が定着してきているといえるだろう。c

 ただ、諸外国にくらべると、日本の寄付文化はまだまだ低調のようだ。2016年度の個人寄付総額と名目GDPにおける割合を見てみると、寄付大国といわれるアメリカは総額30兆6664億円、名目GDP比で1.44%なのに対し、日本は総額7756億円、名目GDP比は0.14%なので、ケタ違いに規模が小さい。お隣の韓国でも、名目GDP比は0.50%、イギリスは0.54%と、日本の4倍近い寄付の規模を誇っている。

 そこで、「なぜ日本では寄付がさかんにならないのか?」という問題について考えると同時に、「どうすれば日本で寄付が増えるだろうか」という提言をしているのが、『寄付をしてみよう、と思ったら読む本』(渋澤健、鵜尾雅隆/日本経済新聞出版社)である。著者のひとりである渋澤氏は、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)の初代頭取を務めるなど多方面で活躍し「日本の資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の子孫で、コモンズ投信の会長だ。もうひとりの著者である鵜尾氏は、日本に寄付文化を定着させる活動をしている日本ファンドレイジング協会の創設者である。

■宗教観の違いが寄付額の差を生んでいる?

 日本で寄付がさかんにならない理由としては、昔から宗教の違いが挙げられることが多い。キリスト教圏やイスラム圏では、宗教の教義のなかに寄付の概念があるため、人々が自然と寄付をする習慣を身に着けているが、日本はそうでないから寄付文化が育たないというのだ。だが、仏教にも喜捨や布施といった寄付に関する教えは存在している。

 本書によれば、日本で寄付文化が育たないのは宗教の違いではないという。おごられたらおごり返す、贈答品をもらったらかならず同等以上の品物を返すという、贈与・互酬関係が世界のなかでもとくに厳しい国であることが原因であるという。つまり、一方的に他人になにかを施し、具体的な返礼がないことに、日本人はなじみにくいのだ。

 寄付に抵抗のある人がよく口にする「寄付をしても、正しく使われていない気がする」というのも、この「お返し」の手ごたえのなさからくる抵抗感の表れかもしれない。もし、自分の出したお金が、どう使われ、誰の役に立っているかがはっきりわかれば、それは無形の「お返し」となり、抵抗感も減るはずだ。残念ながら、実際に怪しい寄付団体も存在しないわけではないが、しっかりと寄付者に報告書を送る団体は数多くある。そして、それらの情報は現在ならばネットで調べればすぐにわかるのだ。

 今よりほんの少しだけ積極的に、自分から寄付先を「調べて選ぶ」という行動をとれば、納得感はかなり変わってくるだろう。

■寄付団体の人件費は、寄付金の「目減り」ではない

 もうひとつ、本書によれば、日本人は寄付したお金が、その団体の人件費に使われることに抵抗感を覚える人が多いという。困っている当事者に全額渡したいのに、その中間でお金が目減りすることを不快に感じる、ある種の潔癖さだ。その気持ちはわからなくもないが、実際問題として、集めたお金を効率的、効果的に使おうと思えば、それを差配する優秀なスタッフが必要になり、そこには人件費がかかる。なので、ここに関しては、ある程度「寛容」になる必要があるだろう。

「寄付はいいことだとはわかっているし、してみたい気持ちはあるが、なんとなくまだやっていない」という人も多いはずだ。そんな人は、この本を読めば踏み出す勇気が出るかもしれない。

文=高坂笑/バーネット