カンバーバッチ主演で映画化! 中世魔女狩りから現代まで400年生き続ける男の孤独と愛

文芸・カルチャー

2019/3/17

『トム・ハザードの止まらない時間』(マット・ヘイグ:著、大谷真弓:訳/早川書房)

「第一のルールは、恋に落ちないこと。ほかにもルールはあるが、最大のルールはそれだ。恋に落ちないこと。恋愛にひたらないこと。愛を夢見ないこと。このルールを守っていれば、ほぼ安全だ」

 こんなセリフで始まるSF小説が、『トム・ハザードの止まらない時間』(マット・ヘイグ:著、大谷真弓:訳/早川書房)だ。年をとるのが極端に遅い「遅老症」という体質に生まれついた男が、16世紀から21世紀の現代まで400年以上を生き続ける物語である。

 異常な長寿や不老というのはSFでは古典的な題材で、ロバート・A・ハインラインの『愛に時間を』や、レイ・ブラッドベリの「歓迎と別離」、ラリー・ニーヴンの「リングワールド」シリーズなど、傑作も数多い。国内に目を向ければ、萩尾望都のマンガ『ポーの一族』なども、この系統の作品といえるだろう。

 なかには、SFと聞いただけで敷居の高さを感じてしまう人もいるかもしれない。しかし本作は、「遅老症」という設定をのぞけば、ほぼSF色は薄く一般小説に近いので、SFに慣れていないという人でも読みやすいはずだ。

■シェイクスピアやチャップリンら著名人が脇役として登場するストーリーは…

 物語は、400年前に生き別れたひとり娘(主人公の長寿形質を受け継いでいる)の探索と、「遅老症」の人々を保護する組織であるアルバトロス・ソサエティの謎の2つを軸に進んでいく。そして、その合間に描かれる、シェイクスピアやフィッツジェラルド、リリアン・ギッシュ、チャップリンといった歴史上の有名人たちと主人公の短い交流が、お楽しみ要素となっている。

 また、中世ヨーロッパに吹き荒れた魔女狩りの嵐と、トランプ政権に代表されるポスト・トゥルース時代の現代を両方体験している主人公が、どちらも同じ「人々の無知」の現れとして眺めているのも、皮肉が利いていておもしろい。

 だが、本作を貫いているもっとも大きなテーマは、「孤独」である。長命というのはいっけん素晴らしいように思える。しかしそれは同時に、恋人や友人たちがどんどん年老いていき、やがて死に、自分だけが取り残されるということだ。これほどのおそろしい孤独はないだろう。ここで、冒頭のセリフが重くのしかかってくる。

 じつは、このセリフはアルバトロス・ソサエティのリーダーのもので、ここでいう「安全」とは、直接的には「肉体の安全」を指している。だが、主人公にとっては「精神の安全」としての意味をもってくるのだ。ちなみに、先に挙げた異常な長寿や不老を扱った先行作品の多くも、やはりみなどこか不幸や倦怠の色が濃い。

 もし、恋人や友人たちとともに永遠の時間を生きられるとしたら、どうだろう? …そのテーマを扱っているのが、押井守監督の長編アニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年公開)だ。この作品では、“高校生の文化祭前夜”という楽しい時間が永遠に繰り返される世界が描かれている。しかし、どんなに楽しい時間もそれが永遠に続けば、いつかは飽き、倦み、人間関係も摩耗し、雑になっていくものだろう。

 そう考えると、月並みな結論だが、伴侶や恋人、あるいは親しい友人たちと、だいたい同じぐらいの時期に死を迎えることが、人間にとってもっとも幸福なことなのかもしれない。その一生が、たとえ短かったとしても、長かったとしてもだ。もっともそれは、「遅老症」ではない私たち普通の人間にとっても、なかなか難しいことだ。自分ひとり取り残されないよう、幸運を祈るのみである。

※本作は、ベネディクト・カンバーバッチ主演で映画化が決定している。イギリスでの原著刊行前に映画化が決定していたというから、その期待のほどがうかがえる。

文=奈落一騎/バーネット